がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

アストラゼネカ

文字サイズ

乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

加藤大基さん
「34歳で肺がんになった医師が、苦悩の末、行き着いた不安とのつきあい方」

自発的に受けた検査で偶然見つかった早期がん

――肺がんが見つかったのは2006年4月に、自発的に受けられた胸部エックス線検査がきっかけだったとか。その経緯を聞かせてください。

 2005年の3月に、当時勤務していた東大附属病院の職員を対象とした健康診断で、1ヵ月後の4月には新しい勤務先のクリニックで、胸部エックス線検査を受けたんです。ひとつは上司にすすめられて、もうひとつは新しい勤め先の職場健診の一環として、連続して受けました。医師になってからも基本的な健診と、肺がん検診ぐらいは受けた方がいい、と常々思っていたのですが、忙しさにかまけてずっと受けていなかったのです。この時は双方の検査とも特に問題となる所見はありませんでした。

ところが新しい職場に移ってからときどき胸苦しさを覚えるようになり、1年後の2006年4月に自分で検査を受診したところ、その検査で怪しい影が見つかったのです。大きい影ではなく、胸苦しさの症状とは直接関係はなかったのですが、くっきりとした輪郭で、ドキッとしました。

 この所見を示す典型的な疾患としては、昔かかった肺炎の痕とか、良性腫瘍とか、他の部位にできたがんが飛んで来て根付く転移性の肺腫瘍などが考えられます。実は前年の検査で、見えるか見えないくらいの微妙な影のようなものはあったのですが、どちらの検査でも問題所見とは受け止められなかった。すぐにそのことがアタマによぎって、嫌な予感がしたのです。

 その後、腫瘍マーカーやCTなどの複数の検査をして、どうやら原発性の肺がんの可能性が高いということになったのです。

手術後にわかった肺がん

――影は左肺の下葉に存在していたんですね。がんかどうかはっきりしないということはよくあることですか?

  どの部位のがんも画像検査だけで判定がつくものは進行している場合などに限られており、多くは病変の細胞や組織を採取して顕微鏡で覗く病理検査が最終的な確定診断となります。肺がんでは、気管支鏡という内視鏡を口や鼻から気管支に挿入して、疑わしい部位の組織を採取する検査がよく行われるのですが、私の場合、影は気管支がいくつも枝分かれした先(肺野)にあり、内視鏡が届かなかった。そういう場合、直接、胸に長い針を刺して採取する方法もあるのですが、肺に穴があいて、肺がしぼんでしまう気胸のリスクなど身体的負担がないではありません。

加藤大基さん

  そこで診断を兼ねた“手術”を、元の勤務先の東大病院にて受けることになりました。胸を大きく開く手術ではなく、胸にいくつかの小さな穴を開けて胸腔鏡という特殊な内視鏡を挿入して病変を切除する方法です。手術中すぐに迅速診断と言われる病理検査に回して良性腫瘍や炎症の痕などであればそれで終了。もし、がんであれば直ちに通常の胸を開く手術に切り替えて、標準的な左肺の下葉(左肺の2分の1)切除とリンパ節切除をするというものです。

 迅速診断の結果、影は予想通り、原発性の肺がんであったのですが、私は眠っていましたから、手術後、麻酔から醒めて、当日の夕刻、主治医から告げられました。リンパ節には転移のない早期がんでした。

不安な状況下で人の意見を聞くメリット・デメリット

――レントゲン写真で影が見つかったとき、そして手術が決まるまでの心持ちはどんなものでしたか。わりと冷静でいらっしゃったのでしょうか?

 いや、やはり不安の連続でした。レントゲン写真の読影は自分でも少しは心得があったのですが、影の部分を携帯のカメラで撮り、メールで昔の同僚に送って意見を求めたりしました。すぐに「これは悪性だろう」との返事が来て暗い気分になったり、CTの検査画像のときはそれを見た別の同僚の「しばらく様子を見ても大丈夫じゃないか」という意見にほっとしたりで、我ながら今思うと滑稽です(笑)。

 早期のがんではどう考えてもひとつの検査画像を見て、診断が下せるわけがない。医者として、自分も同僚もそのことはよくわかっているのです。でも一方で、一人の患者として、少しでも救いになる意見を求めている自分がいて、それに応えてあげようとしている同僚がいる。

 あとで冷静になると、その意見に一喜一憂をしている自分に呆れつつも、あらためて医師の一言一句は重いな、と感じました。

 これを一般の患者さんの状況に置き換えてみると、がんの疑いが持ち上がった時、主治医の意見の重さは甚大ですね。それを思うと気が引き締まります。

――患者さんは医師だけでなく、ご家族や友人、先輩患者さんなどに相談することも多いかと思います。相談はほどほどにしたほうがよいのでしょうか?

 いろんなケースがありますから、安易にイエスともノーとも言えないですね。とても役立つ場合もあるでしょうし、反対に治療に支障が出る場合も考えられます。

 自分の経験からして危惧するのは、治療法を選択する余地があるときなどに、根拠のない方法を薦められて、それを選んでしまったりする場合です。たとえばご自身の体験をもとにして手術はしないほうがいい、抗がん剤は副作用ばかりといった無責任な意見を言う人がときにいます。しかし、どの治療法でも必ず主作用もあれば副作用もあって、現在の病状を基準におき、ベネフィットとリスクをはかりにかけて前者が大きければ選択するわけです。一人の体験は貴重でも、万人に当てはまるわけではありませんから、その人の病状を知らずに特定の治療法を勧めるのは無責任なことです。

 私のときはこんなことがありました。本を書いたりテレビのコマーシャルに出たこともあって、いろんな人から「これがいいですよ」というお薦めが来たんですね。たとえばある日、突然、健康食品とか器具が送られて来る。そういうものが人によっては良い作用をもたらすことはあるかもしれませんが、私は基本的に受け付けません。標準治療、それに準ずる治療法のほうがはるかに効果的であることを知っているからです。

 でも患者さんは、肉親や近しい人から、あの人はこれでがんが治った・・・というようなエピソード付きで勧められると、つい信用してしまうことだってあるかもしれません。とくに不安な精神状態のときは、飛びつきたくなる心理が働くでしょう。

――そういった話はよく聞きます。どうすればよいのでしょう。

 人の意見を聞くのは精神安定上、よいこともありますので聞くのはかまわないと思います。ただし治療法の選択に関わるようなことだったらうのみにするのではなく、参考意見として聞くのがいいでしょうね。関心が湧いた場合でも定評のある文献や本で調べるなどして評判を確認したほうがよいですね。迷ったら、主治医に「先生こんな方法を勧められたのですがご意見を聞いていいですか?」と、相談をしたらよいかと思います。そういった積み重ねは医師とのコミュニケーションを深めていくことにもつながりますから。

次回は、「患者になって気づいたこと」についてご紹介します。

皆さまの体験が誰かの生きる力になります

「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

このようなテーマで皆さまからの
体験談を募集しています詳しくはこちら