がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

上野創さん
「二度の再発、二度の無菌室を乗り越えて 」

Vol.3 抗がん剤治療に託した肺転移

睾丸腫瘍発見時にはすでに転移

―― さて、肺に転移していたがんの話に移りたいと思います。進行がん、それもがん細胞があちこちに広がっていて手術ができず、抗がん剤による化学療法しかないとの診断でした。治療では大変な苦しみをなされたようですね。

 がんの大変さというのは、一つは精神的な面への影響、打撃が非常に強いということですね。同時に、副作用による肉体的な負担も非常に大きいわけです。これには個人差があり、おそらく私は影響が相当ひどく出る体質のようで、相当悩まされました。

――無菌室の体験が二回、さらに肺に二度の再発、それを乗り越えての生還ということでしたが、無菌室での体験はどんなものだったですか、変な質問ですけど。

 普通の体調で入れば、特段なんてことない個室だと思いますが、私は超大量化学療法という形で入りましたし、治療も半年近くに及んで、精神的にもかなりきつくなっていた時期でしたので、入る前から不安感は強かったです。実際のところ、普通のケースよりかなり多くの抗がん剤を使いましたので、副作用も出ました。相当に過酷な経験をしました。

――このころですか、うつの嵐に見舞われたというのは。

 そうですね、無菌室から出てからです。「絶対に病気に負けないぞ」とずいぶん頑張った裏で、絶望感にさいなまされていった時期がありました。おそらく薬の副作用もあると思いますが、圧倒的な虚無感の襲来、心が弱気と空しさの嵐に支配された時の怖さを知りました。がんになっただけで十分に精神的な負担は大きいわけですけど、治療が続くものの必ずしも順調な回復が見られなかったり、先々への不安が押し寄せたりすると、うつになって普通なのかもしれないな、ぐらいの気持ちで、いまは受け取っています。当然ですが、精神的にギリギリまで追い込まれるがん患者はとても多いはずです。

「今夜が峠」

――先ほど、死線をさまよわれたという趣旨のお話がありましたが、実際、医師が奥様に「今夜が峠だ」と告げたことがあったそうですね。

上野創さん

 そうです。抗がん剤の副作用に骨髄抑制というのがありまして、白血球や赤血球がつくられなくなってしまう。そのせいで抵抗力が落ちる。それが無菌室に入った理由です。無菌のはずなのに、感染を起こして「今夜が峠」という事態にまでいってしまった。本人は、熱が41度を越えて、それまでの苦しさから逃れられたようなぼおっとした状態。夢うつつの中、ふっと楽になっちゃうというような瞬間もありました。本人の感じ方としては、このまま死んでいくなら、それはそれできっと楽なんだろうなという状態でした。あとで聞いた話ですが、白血球が相当減り、肺に水がたまって、感染を示す数値が上がり、さらに抗生剤をいくら入れても効かないという事態に陥った私のような場合は多臓器不全、敗血症で死亡というケースがあるのだそうです。妻と母は医師に呼ばれ、「今夜が峠だ」と告げられました。

――その後、肺の方は二度の再発を見、上野さんの闘病は1997年晩秋から2000年の夏まで約3年に及びました。2度目の再発は、ひと際厳しかったようですね。

 手術は内視鏡によるもので、そう辛いものではありませんでした。しかし主治医の手術後の話は脳天に響きました。「二度、再発したというのは深刻です。かなり厳しいことも予想しておかなくてはならないでしょう。今後、これが絶対という治療はなくなってくる可能性もあります」。二度目の再発を機に、ワープロで書いていた日記を手書きに戻しました。下手くそな字は、上野創という人間が生きていた確かな証拠になると考えたからです。おおげさな、と思われるかも知れませんが、二度目の再発は私にとって、それ程の出来事だったのです。

次回は、「闘病を通して感じた、思った、考えた」についてご紹介します。

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