がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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私からのメッセージ

岸本葉子さん
「私らしさをもとめて」

タイミングを逃さない

 第4回は医師や病院との関わり方や、家族との関りについてということで、お伺いしました。

――前回までのお話からも、がんに立ち向かう上で、家族をはじめ周りとの関係性が大切であることがよくわかりました。家族と患者さんにとっての心のケアの重要性、必要性というものに対して、岸本さんはどのようにお考えですか

  がんは、診断される前の検査を受けるときから、がんではないか、がんだったらどうしようと思うところからストレスが始まります。ましてやそれが本当にがんと告知を受けて、治療、手術、退院後の生活がはじまると、長期にわたってストレスを抱えることになります。様々な研究報告がありますが、だいたいがん患者の3割から4割ぐらいは、適応障害かうつ病を抱えているというようなデータを見ると、やはり心の面への取り組みというのもとても大事だなと数字面からも感じざるを得ないです。それが決して、傷付いている心を慰撫するとか癒すというだけではなくて、適切なタイミングで適切な治療を受けるという、そのような効果的、効率的な医療を推し進めていくためにも必要な取り組みだと思っています。

 例えば検査のときに、やっぱりがんかもしれない、がんだったら私は死ぬのだという思いこみで怖くて検査の結果を受けに行かない。そうすると、早期発見、早期治療ということから外れてしまいますし、治療や手術がやっぱり怖くて手術前に逃げだしてしまうとか、適切なタイミングでの治療が受けられないとか、そういったことに関わってくると思います。

患者からの意識改革

――医師とのかかわり方について伺います。前回のインタビューで岸本さんは「ファーストドクター(主治医)との話し合いは非常に大事だ」とおっしゃられていました。医師とのコミュニケーションについて、何かこれはしたほうがいいのではないかということや、心がけていらっしゃることはありますか

 私は常に、わかりやすく話す努力をしています。医師の方はもっとわかりやすく患者に話すべきだという声がよく患者側から出ますが、それを求めるのであれば同じ努力を患者側もしなければならないと感じています。

 例えば、自分に微熱があるとします。再発ではないかと不安になった時に問題はそれをどのように医師に伝えるか、ということですよね。そのときに、私は箇条書きにしてメモを作っていきます。そしてどういう順番で医師に話すかを決めています。

――まずは医師の話を聞いてみようと思うと、結局言いたいことを伝えずに終わったりして、きり出すタイミングが難しいのではないですか

岸本葉子さん

  診察で「変わりありませんでしたか」と医師に聞かれた時、何となく「はい」と答えてしまいそうになることはよくありますよね。日本人だと相手の言うことをまず肯定するということは、会話の基本になっています。けれども、そこで「変わりありませんでしたか」と聞かれて、「はい」と言わずに、「微熱があります」と言って、すぐにそれに続けて「37度5分ぐらいの熱が、1週間続いています」と言うように、いつから何度ぐらいと具体的に言えるように、自分で微熱があるなと思ったときから測ってメモを付けています。

 大事なことから話すことが基本なのですが、それも何でも直接的に話せばいいという訳ではないのです。この場合、私の中で一番大事な問題は再発したのかどうかということですが、いきなり「先生、私は再発したんでしょうか」と聞いても、医師には判断材料がありません。ですので、まずは微熱があるという具体事項などの判断材料になることから順に話すことを心がけています。

――大事なことから先に話すというのは、通常の生活では、意識しないとなかなか訓練されないですよね

 そうですね。「この前何とかしたら、何とかなので」と、いつもなら理由から時系列に従って話しそうだけれども、そうではなく、まず一番大事なことから話すという順番は、日ごろのコミュニケーションとは意識的に少し変えていると思います。

――医師に求めるだけではなく、患者さんにもコミュニケーションスキルが必要なのだな、ということですね。

 はい。患者側から意識していくことが重要だと思います。

孤独と向き合う

――続きまして、ご家族とのかかわり方について伺います。岸本さんは、ご家族とのかかわりで悩まれたことはありますか。

  父に私ががんであることを告げるタイミングが難しかったです。でも、父とは同居をしていないので、基本的に同居をしている場合ほど悩みはありませんでした。具体的にいうと検査があると、たいてい患者はその結果を聞くまでは不安な気持ちで過ごしますけれども、同居していないのでその不安な気持ちを家族に見せないように隠さなければとか、そういう努力が必要でないのでその辺はむしろ助かっています。

 私は基本的に、家族に対しては愛情と責任を感じるけれども、同じ不安を共有してもらおうとは思っていません。それが私にとって、心の負担を軽くすることでもあるのです。もし親を不安にしたら、その親の不安を和らげるために私がまたフォローしなければならなくなります。自分のためにも、親と不安を共有して親の心を動揺させることはまったく望んでいません。しかし、そのことは、私の心の負担を軽くしていると同時に、自分を孤独にしている原因でもあります。

――「孤独」ですか。その気持ちというのは・・・

  孤独ですよ。私がこの不安な気持ちを抱えていることを知っているのはこの世に私だけなのだなという孤独です。

 例えば、誰にもいつどのような検査がある等とは言わないし、この前検査があって今その結果を待っているところであるとも話さないです。今度の結果で、例えば肝転移が見つかるかもしれないとか、最近どうも体調も悪いし、もしかしたら今度こそ再発しているかもしれないみたいなことは一切言いません。

――家族に話さないのだから、その気持ちを共有できる人が誰もいなくて、そういう意味では非常に孤独な病気との闘いと言えるのでしょうね。

 でも、孤独だから嫌だと言うのではありません。その方が結果的には私自身の負担が軽いとして選んでいることなので悩みではありません。家族にこうしてほしいという要望も特にありませんし。

同じ目線でがんに臨む

――患者さんのご家族のストレスについて今度はお伺いしたいのですが、実際には、患者さん本人が感じられる以上のストレスを抱えているのだということをよく聞きます。岸本さんもそのように感じられますか

  家族の病気の受け止め方は様々だと思いますが、難しい問題であるとは思います。患者である私は自分の病気の主体なので、どういうふうにでも気持ち次第で受け止める自由があるのですね。今日は病気をあまり気にしないで他のものごとに集中しようとか、今日は不安であるけどもそれを正面から受けとめようとか、自分が思うように病気に対して態度をとることができます。けれども、家族は患者を通して病気と闘っているのでその自由がありません。患者が今日は深刻に受け止めていたら、それが絶対になってしまうし、その時に「そんな深刻にならなくても」と言っても患者の気持ちを逆なでしてしまうだろうとかいろいろなことを考えると思います。

 繰り返しになりますが、患者には病気のことをどのようにも受け止める自由がありますが、家族にはそれがなくて患者の受け止め方が絶対になってしまいます。そこで、下手すると患者が支配者で家族が支配者に左右される被支配者みたいな、そういう関係ができてしまいかねないなと思いました。

――ご家族の方は、具体的にどのようなことで悩まれると思いますか

 患者の家族になった経験はないので、まわりから聞いたことなどで考えるしかないのですが、私の親で言えば、まず娘ががんであるという、そのことだけで大変大きなストレスであり、心の痛みだと思います。それに対して親である自分は何もできないという無力感もあると思います。患者家族によっては、それこそ「がんになったのは、おまえの食事のせいだ」と言われたり、がんになったことで家族のほうが責められたりすることがあるようです。そういう場合、家で何が患者の心を刺激してしまうかわからないので、本当に緊張して過ごしているという話を聞いたことがあります。あと、患者に痛みが出てくると、見ているだけでつらいとか本当に多岐にわたる悩みを聞きます。

――いろいろな本を読むと、患者さんに対して普通に接することが大事だと書かれているのですが、普通に接するということが、ご家族にとっては本当はものすごく難しいことなのではないかという感じがします

 おそらく、そうでしょうね。

――では、患者さん側からみて、ご家族は、患者さんに対してどのように接するべきだというふうにお考えですか

 それも結論だけ言ってしまうと本当に様々で、共通の答えはないと思います。やはりがんになる前からの関係性というのを家族は持っていますので、病気云々の問題ではないと思います。

一つ私が思っているのは、患者の側からがんの話をした時は、それを否定したり話を変えたりせずに、耳を傾けて聞いて欲しい、話題にして欲しいということです。

 私が父親に関してありがたいと思っていることがあります。私は父に対して検査や再発の確率などという病気の細々としたことは話さないのですが、がんになってこういうことを考えている、死についてこういうことを考えているなど、何を考えたということをわりあい話すのですね。そうすると父は、死のことなんてとんでもないとは言わずに、わりとその話に耳を傾けてくれて、同じレベルで「そうだね、死というものは」とか、「なるほど、がんというものは人に本当にいろんなことを考えさせるものだね」と話してくれるのです。

 同じ目線に立ってその話題を共有してくれるというのは、すごくありがたいと思っています。だから、先ほど不安を共有していないという点で孤独であるとは言いましたが、少なくとも、私が今どういうテーマに立ち向かっているということは理解してくれていますし、そういう絆は感じています。

サポートグループとの出会い

――次に、ご家族や医師との関わり以外の活動について伺いたいと思います。岸本さんは、がんのサポート団体に参加されていらっしゃいますね。そこでは何をされていらっしゃるのですか

  ジャパン・ウェルネスという患者家族サポート団体に入っています。ここでは、会員としてサポートグループに参加しています。これは月に2回集まりがあって、患者同士プラス進行役の人が2人入って、近況報告などをします。

――ジャパン・ウェルネスの中に、患者さんだけではなくてご家族のためのサポートグループがあると伺いましたが、実際にご家族のためにどのような活動をされているのですか

 頻度は同じで、月に2回集まっています。そこはあえて患者は入らないで、患者の家族と進行役のみで、家族が家族の立場での近況報告をしています。特別に何か教育的な活動、例えば「患者の抱える問題とは」みたいな、何か講師が説明してアドバイスするということはありません。家族同士が患者の前では話せない悩みをそこで話し合って、何か共感を得たり、孤独から開放されたり、この人はこうしているのだという情報を交換する場になっているそうです。

――進行役の方は、医師の方ですか

 医師の場合もありますが、心理学の先生や看護師、看護学の専門家が務めることが特徴といえます。

――岸本さんがサポートグループに入られるきっかけは、がん告知の先生のご紹介と伺いましたが、他のメンバーの方のきっかけは何でしょうか

 きっかけは様々です。自分でインターネットで探して、来ている人もいます。また、家族が探して、こういうのに出てみたらという人もいますし、あまりに落ち込みがひどいので何かないかしらと看護師さんが探してくれて、こういうのに行ってみたらどうと勧められたケースもあります。

――サポートグループは沢山ありますよね。ご自分に合ったものを選ぶのが一番いいとは思いますが、何か選ぶポイントはありますか

 やはり、まずは電話をしてみて話を聞くとか、体力的に許すのであれば自分で行ってみて、はじめ1・2回は少し緊張しながらも何回か出てみて、自分に合うと感じたら続けて参加してみるということでいいと思います。サポートグループに出なければいけないというような、自分への追い込み方をしないのが大事です。

ハードルを乗り越えて

――サポートグループに入ることは、癒されることにつながるのでしょうか

 癒されるというよりも、もう少しアクティブな感じです。サポートグループに行ってみようと思う、あるいはサポートグループというものがあるらしいから情報収集する、といったようにそこで行動を起こしている時点で何か転機のような気がします。

――サポートグループというと躊躇する人も多いと思いますが、岸本さんは最初はどのようなイメージをお持ちでしたか

岸本葉子さん

 私も最初は、サポートグループに出るのはとても抵抗感がありました。そういうところに参加するのは依存的な人で、非常に言葉を悪く言えば、同病相憐れむ的なイメージがあって、それだけは嫌だと思っていました。

 けれども、ジャパン・ウェルネス設立1周年の記念のパーティーがあった時に、自分に告知をしてくれた医師のはじめた団体が1周年だから、本当は距離を置きたいけれどもお祝いに行かないわけにはいかないなと思い参加したことがありました。その席では普段サポートグループに参加している方たちといろいろお話したのですが、何かこう、「私なんてもう、抗癌剤が4年も出ているわよ、おかしいと思わない。きっとこれは、比較対照実験しているに違いないわ」とかいうような話をわあわあしていて、すごく活気があったことに驚きました。ひとしきり盛りあがってから、「でも、こういう話をするということは、あなたも、あなたもがんなのよね。違うわね、イメージと」っていう話をしていました。

――イメージと違いますね

 そこで会員の方々と接して、まずサポートグループのようなところに来る人は、依存的な患者であるという先入観が間違っていたことを知りました。むしろ、そういうところに来ようと思う人は、そこで一つハードルを乗り越えている、がんをコントロールしようという気持ちの強い人なのだなと思いました。

――そこに来ること自体が、もう既にハードルを1つ乗り越えているという状況で来ているということですね。グループ療法には、癒されに行くということと、苦しみを乗り越えて、情報を求めに行くという両方の面があるということですか

 そうですね。癒されるというと世間の五感からは何か慰撫されるというようなイメージがあって、あまり私自身の実感とは合わないのですが、外でがんの話をしたいけど、それを話すにはがんのことを説明しなければいけないとか、相手が引いちゃって言えないというようなことをサポートグループではぱっと言って笑えるとか、そういうことはたしかに癒しと表現することもできますし、独特の開放感があることはたしかです。

 私の感覚としましては、ウエットよりはドライな感じですね。「うん、そうなのね」と言って、お互いにうなずくとか、涙を流しながらうなずきあっている光景ではなくて、がんの話題でも5分ごとに笑い声が絶えない、というような感じです。

――がんの話題でも笑いが絶えないという状況が意外なのですが、いったいどのような話をされているのですか

 少し具体的すぎるのですが、消化器系のがんの人の話を例にします。消化器を切ると、はじめに誰もが便通のコントロールで悩みます。私もすぐに仕事に復帰したので、それはもう、大変な問題でした。だけど、人にそれを言おうとすると、まず私ががんであることを話さなくてはいけませんし、そうすると、聞かされた相手ももう笑えないですよね。だけども、サポートグループ等でお互いに同じ問題を抱えていると、相手もやはり会社勤めで腸を切った人が、もう最初のころは、通勤経路の駅ごとに全部どこの駅はトイレがどこにあって、改札の内か外とかまで自分は頭に入っていたとか言うと、私はもう、徒歩10分の夕飯の買い物に行くのでも、どこにトイレがあるかとか、どこが温水洗浄器つき便座かとかも熟知していますよ、みたいに話をすると、そこですぐに笑えるのですね。そういうところがすごく開放感があると感じます。

現在・未来に向かうグループ

――お話を伺っていると、患者さん同士が気楽に話しができて楽しめる場所というふうにも思えますね

 もちろん再発したとか、再再発したとか、もう治療法がなくなったという、かなり厳しい状況にいる人もいることは事実です。でも、そういう状況になったらなったで、同じ境遇の人がまた沢山います。でも、まずその人自身がこういう状況になったということを話すことで、いまの自分の置かれている状況を客観視できるし、言葉にすることによって、自分の状況なり、心なりを整理して把握できる、その効果はすごく大きいと思います。

 グループ療法というと、どちらかというと精神分析のイメージで過去にさかのぼって心理的要因を探っていくというようなイメージが強いかと思うのですが、がんの場合にはその手法はとりません。がんは決して心がつくり出す病ではなく、身体的な病であるので、なぜがんになったか、どこからがんがくるかという方に、後ろにさかのぼることはしないで、むしろ方向が過去向きではなくて、現在・未来向きのグループなのです。

――参加されているグループは、どのような条件でメンバーが集められているのですか

 がんの進行状況はばらばらですが、部位が同じです。他の団体は、また別の考え方で組んでいると思うのですが、ウェルネスの場合は、大腸・胃・前立腺・乳というように、部位でグループを形成しています。

――同じ部位のほうが、共通の悩みが多かったり、と話していても話しやすいのでしょうね

  例えば同じ消化器であっても、大腸の人は便通のコントロールに悩むとすれば、胃の人は食事の摂取で悩みます。また、そうした治療の後遺症や治療の副作用とか、これから再発した時に選ぶ治療の選択肢なども、部位別のほうが共通項が多いので、その考え方で部位別のグループなのだと思います。

自分自身との向き合い方や、まわりとの関わり方が、がんと闘う上で必要不可欠である。一見よく言われることではありますが、あらためてその姿勢の重要さに気づかされました。

次回は、「患者さんとご家族の方へのメッセージ」をご紹介します。

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「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

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