がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

アストラゼネカ

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

上原 弘美さん
看護師、患者、両方の経験をもつ「ぴあナース」として
患者さんと医療者をつなぐ心の架け橋をめざす

生き方を考え直すきっかけになった最初のがん体験と夢の実現

最初にがんが見つかったのは2004年で三七歳のとき。左乳がんと診断されました。「まさか自分が?」という思い、そして頭をよぎったのは「私、結婚できない? 子供が産めない? 一生一人で生きていくのかな…」という衝撃でした。
当時、私は整形外科病棟で看護師として働いていましたが、がん患者さんと接したことが多くなく、周りにがんを体験した人もおらず、体験した人がどのようにがんと向きあって乗り越え生活しているのか知りたいと強く思いました。

そんななかで、命には終わりがあるんだということを現実的に捉えるようになりました。自分のそれまでの生き方を考え直してみると、先延ばしにしてきた夢があることに気づきました。
考えた末に、手術後復帰した看護師の仕事を一年後に辞めて、夢だったマッサージの仕事を始めました。

女性らしさをなくしてしまう不安に襲われた二度目、三度目のがん

開業して半年後、仕事が軌道に乗りかけた矢先のことでした。再発の不安から、自己検診を定期的に行っていたのですが、ある日反対側の乳房にしこりが触れました。
非常に早期のがんで、主治医は「早く見つかってよかったね」となぐさめてくれましたが、私にはそうは思えませんでした。「またがんになってしまった。私はがん体質なんだろうか?」不安と恐怖が一段と募って、この先、私はどうなっていくのだろうと、先の見えない闇の中に放り込まれた感覚でした。

三度目はその二年後、卵巣に影が見つかりました。「卵巣がんは開腹してみなければ確定診断がつかないけど八割方は悪性だろう」と婦人科医からの説明を受けました。 がんであればもう片方の卵巣も含め、卵管、子宮も手術で取ることになります。
女性のシンボルとしての臓器ばかりがんになることに、「女性らしさが失われていく…」さらなる恐怖感が突き上げてきました。先生は「命には代えられない」と言い、手術を勧めるのですが、どうしても納得することができない自分がいました。

皆さまの体験が誰かの生きる力になります

「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

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