仕事と治療を両立するために

ここでは、治療をしながら働きやすい環境を整えるために、病気のことを会社へどのように伝えたほうがよいか、各種制度の利用方法、就労時の注意点などについて紹介します。

がんの治療は多くの場合、手術後も抗がん剤(化学療法)などの薬物療法や放射線治療をおこなうなど、長期にわたり続きます。現在では、入院せずに外来で治療を受けられるようになってきましたが、それでも平日の日中、通院のための時間を確保する必要があります。さらに治療の副作用や後遺症により、これまで通りの働き方ができなくなる可能性もあります。仕事に支障が出る場合は、病気のことを会社に伝え、働き方について相談したほうがよいでしょう。

また、会社には「安全配慮義務」(労働安全衛生法)といって、仕事をさせることでその病気を悪化させないように配慮するなど、従業員を安全に健康に働かせる義務があります。そのために、会社としても従業員の病気のことは把握しておく必要があります。

一方、きわめて早期のがんで、手術だけで根治する可能性が高く、治療中でも仕事に支障がない場合もあるでしょう。「周りの人には病気のことを知られたくない」、「病気のことを知られ、気を遣わせたくない」と思う場合は、「会社に伝えない」という選択もあるでしょう。ただし、「副作用の症状を隠しながら職場にいるのは、思った以上に孤独なこと」とおっしゃるがん患者さんもいらっしゃいます。

静岡がんセンターがおこなった「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査・2013年」によると(図2)、治療を受けながら「仕事を継続できた1番の理由」は、「上司や同僚、仕事関係の人々など周囲の理解や協力」が1位で、「自らの努力」や「会社や社会の制度」を大きく引き離していました。

<図2>
<図2>

引用元)「がんの社会学」に関する研究グループ:
がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査報告書
「2013年 がんと向き合った4,054人の声」より作図
(静岡県立 静岡がんセンター:https://www.scchr.jp/book/houkokusho/2013taikenkoe.html

治療をしながら働く環境を整えるためのポイント

(1)主治医に確認しておくべきことは?

主治医から今後の治療方法について説明を受けるときに、あなたの業務内容や職場の状況を伝えましょう。そして、治療中もこれまで通り働くことができるのか、仕事に関する制限はあるのか、治療による後遺症や副作用が仕事に影響した場合、他の治療方法はあるのか、なども確認しておきましょう。

特に仕事の内容については、主治医に具体的に伝えることが大切です。立ち仕事や力仕事なのか、あるいは事務作業なのか、接客業なのか、車を運転することが多いのか、勤務時間や通勤時間も伝えておくといいでしょう。

主治医に確認しておくべきこと

下記のことを確認しておくと、会社に病気のことを伝え、配慮を求める際に非常に役立ちます。

主治医に確認しておくべきこと

(2)会社に伝える前に準備することは?

1. 就業規則を確認する

従業員が10人以上の会社には就業規則があり、そこには年次有給休暇の日数や取得方法、休職制度、復職制度など、さまざまなルールが記されています。治療方法とその後の治療スケジュールがわかった時点で就業規則を確認し、入院治療の日数が年次有給休暇でカバーできるか、休職する場合の給与はどうなるか、などを調べておきましょう。特に、治療に伴う休みの取り方については、直接、人事部に説明を依頼してもよいかもしれません。

正社員ではなく契約社員(有期雇用契約)などの場合は、雇用契約書や労働条件通知書を確認してみましょう。

2. 主治医に診断書や意見書を書いてもらう

厚生労働省では「治療と仕事の両立支援」の基本方針や具体的な対応方法などを解説した、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を、平成28(2016)年に作成しました。そこには、両立支援のための情報を、企業と医療機関が円滑にやりとりするためのマニュアルが収録されています(詳しくは、就労継続・復職支援のお役立ち情報へ)。

患者さんが業務内容を書いた「勤務情報提供書」(図3 勤務情報を主治医に提供する際の様式例 参照)を医療機関に提出し、主治医はそれを見て、職場での配慮事項などを記載した「意見書」を作成し、患者さんに渡します。患者さんはその意見書を企業の相談窓口に提出し、企業はその意見書をもとに産業医や患者さんの要望も聞きながら、「両立支援プラン」を作成するという流れです。
これらの書類を利用することで、治療中に気をつけることなどの細かい質問が省けるという利点があります。ただし、現時点では両立支援プランを採用していない企業も多いので、事前に会社に確認してみましょう。

<図3>勤務情報を主治医に提供する際の様式例

下記の様式のダウンロードはこちら

<図3>勤務情報を主治医に提供する際の様式例
2.主治医に診断書や意見書を書いてもらう

(3)治療中のどの時点で会社に伝えるか

ご自分の病気や今後の治療について会社に伝えるのは、主治医から治療方法やスケジュールの説明があってから、治療を開始するまでのタイミングがいいでしょう。

ただし、当初の予定通りに治療が進まないこともあります。仕事を休む期間を延長する可能性があることをあらかじめ会社に伝えておきましょう。
退院後、自宅療養中に復職の目途がたったら、復職の時期や配慮してほしい内容などを伝え、必要な手続きを確認します。また、休んでいる間はメールなどで、定期的にあなたの状況や今後の見通しを会社に伝えておくなど、会社とコミュニケーションをとることも大切です。

さらに復職後も、あなたの体調や治療経過によっては、勤務時間の調整が必要な場合もあります。たとえば副作用が思った以上に強く、身体がだるく起き上がれない、手足のしびれがひどく立っていられない、パソコンのキーボードが打てないなど、仕事に支障が出る場合は、勤務時間だけでなく、業務内容の調整について相談することも大切です。

(4)会社では誰に、何を伝えるのか

1.まずは直属の上司に伝えよう

治療を続けることで、仕事にどのような影響があるかを1番よく知っているのは直属の上司です。会社の理解と協力を求めるには、まずは直属の上司に病気について伝え、業務の調整の相談にのってもらうといいでしょう。

上司には、人事や産業保健スタッフとの連絡調整をしたり、部下が安全に健康で働くために配慮したりする役割があります。そのため、人事には上司から伝えてもらうことが多いのですが、「上司には相談しにくい」という人は、直接、人事に伝えることもできます。産業医に相談してみるのも1つの方法です。
会社の状況はあなたが1番よく知っていると思うので、「誰に伝えれば自分の状況が楽になるか」という視点で伝えるべき相手を考えてみてはいかがでしょうか。

「がん治療を続けながらも働くことができる!患者さんのためのがん治療による症状で困ったときの職場での対応ヒント集 がん体験者の工夫に学ぶ 第 1 版」の中の「職場の相談相手」のコーナーには、上司・同僚・顧客、人事労務担当者への相談について、体験者の話が具体的に紹介されているので、参考にしてみてください。

また、「わたしらしいがん治療ノート」では職場に伝えたいことを整理するためのノートや職場に提出するシートなどをご用意しています。ぜひ活用してみてください。

1.まずは直属の上司に伝えよう

2.会社が知りたいと思うことを伝えよう

会社が知りたいことは、①どのくらい休むのか、②どのくらい仕事に支障があるのか、③どんな配慮をしなければいけないか、④本人はどうしたいか、この4点です。会社に伝える場合は、ご自分の病状よりも、このような会社が知りたい情報を伝えましょう。

たとえば、①入院治療とその後の自宅療養で1ヵ月ぐらいの休職期間が必要、②復職後におこなう抗がん剤治療で眠気が出る可能性があるため、抗がん剤の投与期間は車の運転ができない、③通院治療の時間の確保、④復職後は可能であれば半年ほど時短勤務で働きたい、などです。

とかく「自分ができないこと」を伝えがちですが、たとえば「重いものは持てませんが、事務仕事は通常通りできます」など、「できることはしっかりやります」という姿勢が大切です。

2.会社が知りたいと思うことを伝えよう

3.職場のチームやパートナーには伝えておこう

同僚にどの程度、どの人まで伝えるかは、その職場風土、その人との関係性にもよりますが、全員に伝える必要はありません。しかしチームやペアで仕事をしている場合は、あなたが休むことや早退することなどにより、仕事に影響が出ることが考えられるため、病気や治療について伝えておくのがいいでしょう。伝えにくい場合は、上司から伝えてもらう方法もあります。
また、「気を遣わせたくないので、職場の人には伝えないでほしい」という希望があれば、そのことを上司または会社側に伝えておきましょう。特に入社したばかりで、まだ職場の人との信頼関係ができていない場合は、ある程度の人間関係ができてから、上司から伝えてもらうといいでしょう。

そして、職場の人に配慮や協力をしてもらったら、「ありがとう」という一言や、元気になったら今度は支える側に回るという気持ちも大切です。

4.伝えたことで不利益を受けそうなときは?

会社は病気を理由に、あなたを解雇することはできません。しかし、人事部がないような小さな会社や個人商店などの雇用主の中には、そのことを知らず、あなたが病気のことや、働きながら治療をしたいことを伝えると、「病気なら辞めてほしい」、「もう来なくていい」という人もいるかもしれません。また、仕事の調整を求めたのに、あいかわらず病気の前と同じような仕事をさせられる場合もあるかもしれません。
このような不利益を受けた、あるいは受けそうなときは、労働基準監督署に併設されている
「総合労働相談コーナー」(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html)に相談してみるといいでしょう。労働問題に関して専門の相談員が、面談か電話で相談にのってくれます。

(5)治療中に使える会社の制度は?

会社によっては「私傷病休職制度」や「がん治療用の休暇制度」、「リハビリ出勤制度」、「時短勤務制度」など、さまざまな支援制度があります。また永続勤務のリフレッシュ休暇や、時効消滅した年次有給休暇の積立休暇などが、入院手術の休みに使える場合もあるので、どのような制度が使えるのか、わからない場合は人事担当者に聞いてみるといいでしょう。それらを知ることで、治療へのモチベーションが上がったり、復職後のスケジュールが具体的に立てられたりするなど、治療と仕事の両立には大切な要素です。

健康保険などの公的制度も、できるだけ活用したいものです。法人の健康保険には全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合、個人事業の国民健康保険や国民健康保険組合、公務員の各種共済組合があります。

国民健康保険以外の各健康保険には、治療のために休んだことにより減額または無給になった場合、それをカバーする「傷病手当金」があります。特に企業の健康保険組合の中には、高額医療費を助成する制度があるなど、手厚くカバーされています。

一度、ご自分の保険証を見て、そこに記載されている連絡先、あるいは会社の健康保険担当の部署に、どのような仕組みがあるのかを聞いてみるといいでしょう。大手企業の健康保険組合では、ホームページに健康保険証の番号を入力すると、どのような給付があるかを調べられるようになっています。

また、高額な医療費については、医療機関の窓口での支払いが一定額ですむ公的助成制度もあります。医療費や助成制度について、「がん相談支援センター」や各病院にも相談窓口があるので、わからないとき、困ったときは遠慮なく相談してみてください。

さまざまな社会保険については、社会保険労務士(社労士)に相談してみるのもいいでしょう。社労士は国家資格であり、労働に関する法律や制度の専門家なので、社内の支援制度や公的制度について豊富な知識を持っています。社労士への相談は、一部のがん相談支援センターでの定期的な対応や、各都道府県にある社労士会の「社会保険労務士による「がんと就労」電話相談」(就労継続・復職支援のお役立ち情報参照)でおこなうことができます。「いつ?どう使う?がん支援制度」では、肺がんを経験した社労士の清水公一先生が自身の体験をもとに、がんの診療の流れの中で各時期に考えておくとよいことについてお伝えしています。また、「肺がんとともに生きる」のサイトでは、「お仕事お悩み相談室」(https://www.haigan-tomoni.jp/positive/consultation/)で、社労士の近藤明美先生が就労中や休職、求職に関する悩みに答えているので、参考にしてみてください。

(5)治療中に使える会社の制度は?

就労時の注意

(1)副作用について理解しよう

抗がん剤治療や放射線治療には、副作用が伴います。薬によって、どのような副作用が出やすいかはわかっていますが、症状の出かたや出る時期は個人差が大きく、さまざまです。治療の直後に症状が出ることもあれば、治療後、数ヵ月してから症状が出ることもあります。

現在、副作用に対してはさまざまな対策(支持療法)がおこなわれています。かつては抗がん剤で激しい吐き気が出るといわれていましたが、今はあらかじめ吐き気止めを投与するなどの対策をとることができます。支持療法が確立してきたからこそ、治療しながら仕事を続けることが可能になってきたともいえます。しかし、それでも予防できない、たとえば脱毛や味覚障害などの副作用もあります。がん治療中の外見の変化から就労をためらう気持ちも出てくるかもしれません。外見のケアについて、その考え方や具体的な対処方法・工夫に関する情報は、こちらのページをご参照ください(がん治療中の外見変化にどう対応するか)。

ご自分の治療には、どのような副作用が起こりうるのか、主治医に確認し、理解しておくことが大切です。また、「がん化学療法看護認定看護師」や「がん放射線療法看護認定看護師」など、抗がん剤治療や放射線治療についての看護を学んだエキスパートがいる病院もあります。副作用やその対処方法などについて相談してみましょう。薬に関しては、薬剤師に聞いてみてもいいでしょう。

(2)副作用対策を身につけよう

抗がん剤治療や放射線治療は、1回の治療で終わるということは少なく、たとえば1週間に1回の抗がん剤の投与を4回繰り返すのを「1クール」として、4クールおこなうなど、繰り返し治療することが多くあります。

治療を繰り返す中で、ご自分なりの対処方法もわかってくるでしょう。たとえば、抗がん剤を投与した直後はそれほど症状が出なくても、3~4日ぐらいすると強い倦怠感に襲われることが多い場合は、なるべくその期間は人とのアポイントメントは避け、デスクワーク中心の仕事をおこなう、などです。

それには、症状の出方を時系列でメモしておくなど、ご自分の症状を記録しておくことが役立ちます(仕事を続けていくための「わたしのメモ帳」参照)。
抗がん剤を扱っている製薬会社の中には、患者さん向けのホームページを設け、副作用やその対策について、わかりやすく解説しているところもあります。そこでの情報も参考にしてみてください。

(2)副作用対策を身につけよう

(3)産業医や産業看護職に相談しよう

大手企業の多くは、社内に健康管理室や医務室などを設け、医師や看護師が従業員のさまざまな健康管理を担っています。そのような医師を産業医といい、従業員50人以上の事業所では、労働安全衛生法により産業医を選任することが義務づけられています。また、医師が常駐していなくても、看護師や保健師の産業看護職がいるところもあります。
どちらもその会社の業務内容については把握しているので、職場への配慮を求めるとき、病気のことを上司に相談しづらいとき、働く上で身体や健康に不安があるときは、産業医や産業看護職に相談してみましょう。