がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

アストラゼネカ

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

高垣 忠一郎さん
私のがんは、何かに気付かせるための神様からの贈り物。

Vol.1 人間ドックの検査をきっかけに見つかったがん

〝高垣のがん〞だから。

がんが見つかったのは99年、55歳のときです。僕のカウンセラーとしての活動拠点である、登校拒否の子どもを抱える親達の自助グループの方から勧められて人間ドックに入りました。血液検査の結果、前立腺がんの疑いを見つけるPSA※という値が高かった。僕にはその意味することがわからず、看護師さんに教えてもらったのですが、「これはえらいこっちゃ」と慌てました。その後、数回のPSA検査や画像などの精密検査、組織を針で取って調べる生検へと進み、がんと診断されました。そのときの医師の判断では、前立腺の外には転移していないようなので「全摘手術で取ってしまいましょう」と、今にも手術台に乗せられそうな勢い(笑)。普通なら「やれやれ不幸中の幸い」と胸をなでおろすところでしょうが、僕は十分に説明を聞いた後、「安易に切りたくない。〝せっかく〞自分の中にできた〝高垣のがん〞。幸い早期発見できたから、少しそいつと向きあって付きあってみたい」と医師にわがままを言わせてもらいました。当時の医師の説明によると、前立腺を全摘すると勃起神経を失う可能性があるとのこと。当時でも神経を温存する手術法があり男性機能を残せてオーガズムもあるのだけど、射精はできなくなる。

50代の僕としては考えどころです。性という字の「りっしん偏」は心という字を縦にしたもので、「性」は生きる心の意だそうです。今まさしく自分の生き方、性を問われている訳で、いくら根治する確率が高いとはいえ簡単に手術に同意する訳にはいかない、と思ったのです。私の申し出に医師は「虫歯ならともかく...」と、あきれながらもわがままな患者と折り合いをつけようとしたのでしょう。ホルモン依存性である前立腺がんの増殖を抑えるために、男性ホルモンを抑えるホルモン療法を提案されて、3ヵ月に1度、その注射を受けることとなりました。

登校拒否とがん。表面的な対応では解決にならない。

がんが転移するリスクが残ることを承知で、直ちに手術しなかった理由には、「自ら死ぬことに向きあって考えるよいチャンスが来た」と思ったこともあります。私が長年関わってきた登校拒否や引きこもりも、すぐに取り除くべき悪であるとは、僕は考えていません。登校拒否をしている子どもの親の多くは、彼らを早く学校に復帰させようとしがちです。しかし、大切なのは復帰させることではなく、それが起こった原因を突き止めて向きあうことです。「不登校が起こったことが意味することは何か?」それを考えるチャンスでもあるのです。だから僕は、がんも同じだと考えました。親や学校、医療の論理で「都合の悪いもの」を切り捨てれば解決するわけではなく、本質に迫る努力をしなければ、新たなスタートは切れないということ。前立腺がんを得て、僕は死の恐怖を通して生と性に向きあう機会を得たのです。

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「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

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