がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

音無美紀子さん
「乳がんとうつ病を乗り越えて」

「私は皆んなが思うほど不幸ではない」

――がんとうつを克服、家庭、仕事の両面で復帰を果たされ、一人の先輩として、今がんで悩んでおられる患者、ご家族の皆さんにお伝えするメッセージをまとめたいと思います。ご本のなかであなたは「私はこの経験をして非常に強くなった」と言っておられます。何がどう強くなったのか、どういうことを意味しているのかお話ください。

 二つの病気との闘いは、私にとって、目の前に死というものを意識した初めての事件でした。日常、私たちはあたり前に生きていて、死ぬとか、生きるということについてほとんど意識することはありません。同時に、その対極にある生きるということについても考えさせられました。そこで得た一つの答えは、「命を失う以上の苦しみなんてない」というものでした。そう思うと急に気持ちが楽になりました。どうせ生きるなら、楽しく、自分がやりたいことに力を注げばよい。急に元気が出て、意欲的になれたのは、自分でも不思議でしたのですが。もちろん、それには長い苦しみの時間を要したことは、今までお話させていただいたとおりです。

―― ものは考えようということですね。「我々は自分で思っているほど幸福でもないし、不幸でもない」とフランスのモラリスト、ラ・ロシュフコーは言っていますし、シェークスピアの戯曲には「今が最悪だと言える間は最悪ではない」というセリフがあります。必要以上に嬉しがったり、悲観したりするのは愚かだという教えでしょう。

 病いのどん底にいて、回りの人達が慰めや励ましであれこれ気を遣ってくださったとき、ありがたさと共に重荷を感ずる一方で、「私は皆んなが思うほど不幸な人間ではない」と考えたことが記憶に甦ります。先人の箴言や教訓にも素直にうなずける気がします。

ものは考えよう

―― 「禍福はあざなえる縄の如し」という格言もあります。

音無美紀子さん

 今まで人生は前向きに生きるべきとかプラス思考でとかって、すごく難しいことに考えていましたが、そうばかりではないと気付きました。これはほんとうに意識、考え方の問題ですが、例えば1万円あったら、もうあと1万円しかないと思うか、まだ1万円もあると思うか、その違いは大変大きいのではないでしょうか。出かけ際に、もし時間があと10分しかないと思えば慌てるけど、まだ10分あるわと思うと、帰宅する子供に置き手紙を書いたり、洗濯物を乾燥機に入れて出かけましょうとか、10分を有効に使えるのに、あと10分しかないと思えば焦っているうちに10分が過ぎてしまうでしょう。

 私は、講演を頼まれ、各地にお邪魔しますが、聴きに来てくださる方の中にはがんの術後1年、2年で、かつて私が感じたような不安をもっておられる人もおられます。あと何年生きられるか、元どおりに元気になれるのか、再発しなくてすむかしらなどと。そういう方々にお話させていただくのは、仮りにあと1年しかないとしても、その1年でこの子は中学に入るわ、じゃあその1年間でこの子を立派に、お利口さんに育てましょうって思えば、1年間を有効に使えます。そういう意識の転換が大切だということです。私はその意識のもち方に失敗して、ひどいうつ病まで経験することになったのです。私の轍を踏まないよう、ご留意なさってください。

―― 入院中につけられた「乳がん日記」は、どのような意味、効用があったのでしょうか。

 特筆するほどのことはないのですが、がんが大きく心にのしかかってきて、何かしないではいられなかった、というのが正直のところです。ただ、その日その日に病気について感じたこと、今まで生きてきたことの反省、子供へ残す言葉、夫に言っておきたいこと、親に感謝する言葉などなど、ほんとうに思いつくままペンを走らせた、という程度のものです。

 しかし、自分の気持ちを整理し、手術、リハビリ、退院と次々と起こる新しい事態に対処する心構えをひとつひとつ固めていくという支え、テコにはなったと思っています。印象に残ることに、入院の日、「このベッドを使った多くの人の中には亡くなった方もいるだろう。私は絶対に生還する」と書いたことがあります。

―― 最後に、がんと向き合ううえでの家族の役割と、患者本人の意思ということについて、改めてまとめて下さい。

 私の場合、乳房全摘という手術を夫の強いリードで決断し、それが今日の生還、復帰を確実にしてくれたこと、うつ病からの立ち直りのきっかけは「ママ、どうして笑わないの」との娘のひと言だったことなど、家族の支えが大きかったことは樓々お話させていただきました。また、友人など周囲の人々の支えもありがたかった。そうした支えは大変重要だと思いますが、ポイントはその内容です。くどいようですが、「頑張れ」の叱咤激励は、患者の心に辛く響くだけ。また温泉に行こう、お食事にと誘っていただく励ましや慰めも、甘ったれを言うようですが、重荷になってしまいます。何故なら、患者本人の心は、頑張るとかしっかりするというような領域を超えたところにあり、励まし、慰め、同情を素直に受け入れられるような心の状態にもないのです。病いの主人は、そういうものが強ければ強いほど、かえって落ち込んでいくのです。

最後の力は患者本人の意思、人生観

音無美紀子さん

  結局、病いと真正面に向き合い、それを癒す大きな力は患者本人の心の持ち方、在り様、或いは意識、哲学、人生観ということになると思うのです。家族を含めた周囲のサポートの役割りは、患者が病気と前向きに向き合えるような心の状況に誘導する環境づくり、ということにあるのではないでしょうか。そういう心の領域に一歩踏み出せるよう、背中を押してくれるのは、まわりにいる家族だったり、お医者さまだったりするのですが、その一歩をエイヤッて踏み出せるかどうかは、人生に対する考え方、生きる意思までも包む患者本人の力ということになるのでしょうね。

 今、乳がんは増えており、女性には他人事ではありません。私も経験を生かすべくピンクリボンの運動に関わらせていただいていますが、せっかく早期発見できるマンモグラフィーなどの検診を行政がやってくれています。早く発見できれば私みたいにつらい思いをしなくてすみます。

 また、医学は日進月歩で、私が手術を受けた18年前の医療と、現在とでは抗がん剤や心のケアを含めまったく変わってきています。今、闘病中の患者、ご家族の皆様、希望をもって歩いていただきたいと思います。何事もない人生もあるでしょう。しかし壁にぶつかる人生は、より深みが増します。息子の難病、そして私の乳がん、うつ病と三つの壁を乗り越えて、私は今、そのように考えているということをメッセージの結語とさせていただきます。

――音無さん、ありがとうございました。

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