がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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私からのメッセージ

関原健夫さん
「六回のがん手術を乗り越えて−サラリーマン人生」

Vol.4 がんと上手に付き合うために
〜患者さんご自身、そして支援する人々へのメッセージ

賢い患者になる

―― がんをどのようにとらえるのがいいのでしょうか?

  がんは心筋梗塞や脳梗塞・脳出血などの病気と違って、突然明日死ぬという病気ではありません。処置や手術までにある程度時間があるわけですから、決してパニックになったりする必要はありません。ですからゆっくり自分の病気を見極めて、それにふさわしい病院、医者を選ぶことが大切です。がんの告知を受けたら誰でも動揺し、冷静さを失いますが、慌てて大騒ぎしなくても大丈夫だと伝えたいです。

 しかし逆に、がんは治療に長期間かかる病気です。心筋梗塞などように突然死ぬかもしれないけれど、無事手術を乗り越えたらもう大丈夫という病いではなく、常に再発の不安に脅えつつ、闘病に相当長い時間がかかります。だから、がんになったら慌てずに、怖がらずに、しっかり構えて長い目で考えないと闘病に耐えられません。

 私は、早期発見ではなく再発のリスクが高かったこともあり、米国から帰国後、慎重に病院選びと医者選びをしました。長い闘病、生きるか死ぬかの闘病である以上、医者や病院が信頼できなければ闘病している間、精神的に耐えられなくなると思ったからです。がんの闘病は、ひとつ一つの選択を自分が納得しながらやっていくことが大切で、特に病院選び・医者選びが最も大切です。

―― ひとつ一つの選択を納得して行なっていくためにはどのような事が大切でしょうか?

 具体的には、医者の説明をよく聞き、理解できないことは率直に質問します。そして医者にさらにわかりやすく噛み砕いて話してもらい、理解し、納得することが大切です。弱い立場の患者にとって医師とのスムーズな対話は簡単なことではありませんが、がんは命に係わる病ですから、必要ならメモを取ったり、友人に同席してもらったり、場合によってはテープを取っても良いと思います。

 大切なのは質問上手になることです。そのためには、事前の勉強をよくしておかなければなりません。自分が受けようという治療が、どこの病院でも行なわれている標準的治療なのか、症例の乏しい特別な治療なのかを知ることです。すると、当然そのメリットと同時にそのリスクもある程度わかった上で治療に臨めます。この抗がん剤はどういう効果があるのか(縮小効果とその確率)、どのくらいの長期生存が可能であり、他の抗がん剤と比べてその効果と副作用の関係はどうなのか、最終的によく治るのか、生活の質は維持できるのかなどを、しっかり自分で納得しなければなりません。また手術にしろ、抗がん剤治療にしろ、治療には不確実性があることもに覚悟しなければなりません。なにしろ患者の半分が亡くなる厳しい病気ですから。その上で、選んだ治療がうまくいくよう、希望を持って臨んでいくことが、「よい患者になる」あるいは「賢い患者になる基本」ではないかと思います。

 ですから、もしがんを宣告されたとしても、決して悲嘆にくれることがないようにしていただきたいです。ある程度時間はかかると思いますが、冷静に考えて対処すれば道は開けると思います。時間をかけて考えれば、必ずきちんと医者に質問も出来ますし、セカンドオピニオンを得る事もできます。これは私だけではなく、皆さんもやれば出来る事だと思いますし、他人の助けを借りれば良いのです。私は、がんはこのように慌てずじっくり考えて対処できる病気だと思うのです。緊急手術などはほとんどありませんので、病気についてじっくり考え、他人の助けを借り、もがき苦しんでいるでいるうちに覚悟もつき、前向きに闘病できるようになれると思います。

 もちろん、冷静にと申しましても、実際に自分が患者になれば激しく動揺し、冷静になるのは難しいと思います。ですから家族や友人達は動揺している患者の心情を理解しつつも、患者が病を受け入れ治療に希望を持って立ち向かえるよう、本当に役立つサポートをしてゆくことが大切です。

家族と互いの考えや希望について確認する

―― 患者と家族のかかわりについてお考えになることがあれば具体的に教えて下さい。

 人は誰もが、がんには絶対なりたくない、けれど患ったなら早期発見され、完治したいと願っています。そして、発見が遅れ、不幸にして治らないと分った場合には心身の苦痛を和らげるといったような緩和ケアを望みます。

 家内とも話しましたが、いくら夫婦や親子といっても所詮は違う人間です。家族は患者のことをわが身のように感じて苦しみ、気持ちの上では苦難を共有しているとしても、患者の抱える本当の恐怖や絶望は共有できないと思います。それでも患者としては患者の気持ちは解って欲しい。命尽きるまで自分を支えてもらいたいと強く感じます。

 同時に患者は、家族を残して死ぬかもしれないと思った時、残った家族にできるだけのことをしておきたいと考えます。

関原健夫さん

 一方、家族や周りの人も、がんを患ってしまった以上、万一の事態は避けられないかと不安を抱えつつ、患者の希望をなるべく叶えてあげたいという強い思いが湧いてくるはずです。日頃から家族関係、夫婦関係、親子関係がよく築かれていれば違う人間であるという限界を乗り越え、一緒になって闘病してゆくことになるのです。

   従って元気な時、順境の時にどういう関係であったのかが大事になります。昨日まで夫婦げんかばかりしていたのに、突然仲良くなるわけがないですよね。

 がんは前兆もなく突然宣告されることが多いはずで、宣告されると誰しも困惑します。患者は家族や周囲にこの事実をどう伝えるか、逆に家族に告知された場合、患者本人にどこまでどのように伝えるか等の問題に直面し、ヘタをすると家族の信頼を揺るがすことすら少なくありません。

 男性は二人に一人、女性は三人に一人はがんにかかり、三人に一人はがんで命を失う時代です。自分ががんになった時に、どういうふうにしたいのか、あるいはどうして欲しいのかということを、元気な時から考えておくことが重要です。さらにそのことについて家族できちんと話し合っておくことが家族の信頼・家族の絆のために大切だと思います。これだけかかる確率の高い病気であり、しかも、かかった半分が命を失う病気であるとすれば、元気な時に、年に一回がんを考える日を作ってよく話しておくことが大切で、病気になってから考えるのでは遅すぎるのではないかと考えます。

 家族とがんについて話す事は特別なことではなく、身近な誰かががんになる話は周りによくあります。親せきや友人、知っている人ががんで亡くなった時に、それを他人事と考えないで、「その人はこういうことだった、じゃあ自分たちは」という話をして互いの考えや希望を確認しておくことです。

周囲の人や社会は患者のことを過度に心配しない

―― 会社勤めのサラリーマンの患者さんもいらっしゃると思うのですが、患者さんが社会生活を営みながら闘病をされている場合、会社側が気を付けるべきこと、あるいは各種の連携等についてどのようにお考えですか。

 がんは、手術後も再発の不安はありますが、再発するか否かは「神のみぞ知る」で誰にも解かりません。再発して痛みや苦しさで辛くなるのは、本当に最後の段階です。

 ですから、患者から格別の意思表示や症状によほどのことがない限り、健康な人となるべく変わらない扱いをして欲しいと思います。がんは安静にしていたら悪くならないとか、転移をしないとか、再発しないとかという病気ではありません。むしろ周りの人は患者を特別扱いするのではなく、なるべくそれまでの生活に近い生活が出来るようにして欲しいと思うのです。

 なぜなら、がん患者は、転移や再発の不安を常に感じています。又どうして自分だけががんを患ってしまったのか他の人達は元気に仕事をしているのにという孤独感、疎外感を抱えており、がんを患った以上、死は免れないという絶望感にも度々襲われます。このような状態をできるだけ避けるためにも、なるべく普通の健康な人と変わらない、あるいは病気になる前と変わらない処遇、扱いをしてもらいたいです。

 日本の場合、終身雇用の会社が多いですから、どうせ会社に残すのであれば、病気になったとしても、その人を健康の許す限りアクティブに活用したほうが、会社にとっても得ではないかと私は思います。しかし、なかなかそうならないのは、恐らく会社が「以前と同じように働かせた結果再発した、病気が悪化した」などと後になって言われるのを心配しているのではないかと思います。

 しかし、静かにしていて良くなる病気ではないので、周囲の人や社会は、過度に心配したり、あるいは、再発の不安が多いから仕事に使えないと考えるのは間違っています。そんな考えではますます患者は落ち込んでしまうでしょう。

医療の主体は患者です

―― 患者側は、医師と話す際に事前に色々な準備をして話した方がいいとのことでした。例えば医療者側が患者と接する際、こうしてもらった方がいいと思うことは何かありますか?

関原健夫さん

 それはたくさんあります。例えばアメリカでは、1973年に「患者の権利宣言」というものが宣言されました。

 医療の主体は患者であることが宣言されているのです。医療は患者のためのものなのです。最初に「患者は、思いやりのある治療を受ける権利がある」とあり、又「患者には充分理解できる言葉で伝えられる権利がある」と書かれています。ここには、医療は医師の解りやすい説明と患者の納得という、医師と患者のあるべき姿が記されているのです。このようなアメリカの患者の権利宣言に記された患者のための医療を日本の患者も希望しています。

 私は、この「患者の権利宣言」を患者の人生や救命に携わる医者の原点として、医者になる前にまず人間として知って欲しいと思っています。

―― 患者の権利宣言は、患者さん自身も患者としてどのような権利があり、どのようにすればいいのかを考えるきっかけにもなりますね。

 そうですね。これは医療の原点です。患者は、自分の治療に関して、自由な自己決定の権利を有し、医者は、患者に対してその決定ができるように説明をする、という基本的姿勢です。又、患者には、治療を拒絶する権利もあります。この治療をやめればどういうことになるかを知る権利です。そうすると、自分の症状をよく理解した上で治療に対する希望をぶつけることが出来ます。すべては医者との真剣な対話です。これは患者と医者との信頼のベースになると私は思います。

 但し、第二回のメッセージでもお話しましたが、患者の権利が最優先されるアメリカと異なり、日本の医療現場は極めて過酷な勤務状況と恵まれない処遇、医療を巡る様々なリスク増大の中で疲弊しています。患者が権利を主張し、これが生かされるためには応分のコスト負担を覚悟する必要があると思います。

次回は、「自分らしく生きること」についてお話いただいた内容をご紹介いたします。

皆さまの体験が誰かの生きる力になります

「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

このようなテーマで皆さまからの
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