がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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私からのメッセージ

岸本葉子さん
「私らしさをもとめて」

告知の時はメモをく

 連載第1回目では、「がんイコール死ではない」「生きることそのものが好き」という印象的なお話をしてくださった岸本さん。連載2回目である今回は、告知された時や入院中のお気持ち、その時岸本さんがとられた行動について伺いました。

―― 岸本さんは本や雑誌の中で告知を受けた時のことを度々書かれていますが、決して暗い内容にならずに、時にはユーモアを交えながら書いていらっしゃいますね。実際のところ、岸本さんはどのような形で告知を受けたのですか

 私の場合、告知を2つの病院で受けています。1回目の告知は自宅近くのクリニックで受けました。そこでは、私ががんであるということ、手術をしなければならないので設備の整った病院を紹介するという内容でした。2回目は入院・手術することになった病院で受けました。そこではさらに詳しく説明をしていただいて、現在見込まれるがんの進行段階や手術で治る確率等まで先生にお話いただきました。

―― その時の心境はいかがでしたか

 最初にその告知を受けた時は、とにかく自分ががんであるという事実を理解しようとして、頭をついていかせるだけで精いっぱいでした。その時は感情というものは伴っていませんでした。がんだから、とにかく注意深く話を聞いて、そして病院を出たら、安全に家まで帰り着かなければならないと、そのことを考えるだけでいっぱいでした。むしろがんである事実について、何か感情がわき起こるのを、自分で禁じていたように思います。

―― やはり、そのときの状況はショックという言葉で表せるのでしょうか

 一般的にイメージされる様なショック(頭が真っ白になって何も判断できない。あるいは魂の抜けた人のようになり、どのようにして帰ったかもわからない)というような状態は現れませんでした。おそらく、はたから見れば私はいささかもショックを受けていない状態に見えたと思います。診察室から出る時には、医師にほほ笑みながらあいさつをしていましたし、病院の受付で間違えずにお金を払うこともできました。地下鉄の切符も正しく買えましたし(笑)、まったく普通どおりだったと思います。

 しかし、間違えずに一つひとつ判断しているようでも、頭と心つまりは知と情が乖離していたということは、やはり衝撃を受けていたのだと思います。それで情をとりあえず自分から切り離して保護しようというような緊急的な状態だったと思います。

―― 岸本さんが告知を受けた時は、先生との話の中で「ああ、がんなんだ」と感づいてしまったそうで、「これから告知を受けるんだ」と身構えて聞くという状況にはならなかったそうですね。告知のされ方は人によって様々だと思いますが、患者さんやご家族に対して、もし告知を受ける状況になった時の心構えやアドバイスをいただけますか

 人によって告知される状況は違い、まったく予想もしていないで突然告知される場合と、逆に検査を重ねてきて「もしかしたらそうかな」と思う場合と、いろいろあると思います。しかし、いずれの場合でもとにかく主治医の話をよく聞いて、できるだけメモを取るのがいいと思います。告知を受けるときには、メモを取ることに尽きると思います。

―― 岸本さんの場合は、先生の言葉は一言も聞き逃すまいと一言一句メモに書きとめたそうですね

 私にとって、自分の体にポリープがあると言われることはもちろん、病院に入院して手術を受けるということも初めての体験でした。ですから、自分の病気に対する情報量や理解力にはまったく自信がありませんでした。とにかく、その場で先生のおっしゃることが理解できなくても、書きとめておいて後で自宅に帰って調べられるようにしておこうと思ったのです。

―― 実際、告知をされないまま治療にあたるという方もいると思うのですが、「告知」に対して、どのようにお考えなのでしょうか

 私自身は、告知されてとても良かったと思います。たしかに、手術を受ける前から手術で治る確率や治らない確率までわかるのは精神的にも厳しいことですが、やはり自分が今どのような状況に置かれているのかわからないことは、余計に不安をあおります。例えどのような治療であっても、治療である限りは身体に何らかのダメージを与えます。その治療が何のためにおこなわれているのか、なぜ自分にとって必要なのか、意味を理解しないままで治療に耐えることは、非常につらいものだと思います

誰もが持っている乗り越える力

―― 告知を受けるという場面で、つらい思いをされた方がまわりにいらっしゃるのですか

 告知を受けた方なのですが、とても印象深いことをおっしゃっていました。私の患者としての先輩で、がんの手術を6回受けた方です。その方はまだがん告知が珍しかった時代に、アメリカで偶然にもがんの告知を受けて、「あなたの5年生存率は20パーセントだ」とかなり厳しく言われたそうです。その時のことを振り返っておっしゃっていたのが、「たしかに厳しい知らせでショックではあったけれども、それは自分にとっては良かったと思う。そうでなければ、自分は治療を受けている時も受けたあとも、楽観と悲観のあいだを激しく揺れ動いて、常に動揺してしまっていたであろう。私の場合、がんという事実を告げられたことで、楽観と悲観のあいだを揺れ動く動揺ということは経験しなくてすんだ。」ということでした。私はその話を伺って、その通りだなと思いました。

―― 実際、告知を受けたことにより、非常に大きなショックを受けた方はたくさんいると思うのですが、乗り越えるためには、何が必要なのでしょうか

 これも今お話した方がおっしゃっていたのですが、たくさんの患者を見ていて「人間は誰にでも、乗り越える力がある」と感じた、とおっしゃっていました。これには、私も沢山の人と会う中で同じことを感じました。告知されてショックは誰でも受けると思います。しかし、何が必要という以前に、人間誰もが乗り越える力を持っていることをまずは信じることが大切なのではないでしょうか。

―― 告知を受けて大事だと思われることは、他にも何かありますか

 ひとつ告知を受けてから大事だと思ったことは、その時点でなぜ自分ががんになったのだろうとか、何がいけなかったのだろうということを考えてはいけないということです。

 例えば患者の家族であれば、自分の与えたストレスが家族をがんにしたのではないか、自分のつくった食べものが悪かったのではないか、お酒やたばこをやめさせなかったからいけなかったのではないか等と、いろいろ自分を責めがちになります。しかし、告知を受けたときは、「なぜ」ということを考えるよりも、「いま何ができるか」ということを考えることに力を注いだ方がいいと思います。

 それから、誰でも落ち込むのは当たり前なので、落ち込む自分を恥ずかしがらないことと、落ち込みながらも治療法は何があるか調べてみるとか、自分でできることからなるべく具体的な動きを始めることだと思います。

―― 岸本さんご自身も、過去について悩むより、今やこの先のことをいつも考えていらっしゃいますよね。後悔をほとんどしていないような生き方をされていらっしゃるようにみえます。

 はい。私は自分の人生に対しては図々しいかもしれません(笑)。

―― いろいろな記事を読んだり話を伺っていますと、家族の方から様々なことに後悔しているというコメントが非常に多くみられます。

 もしかしたら、患者さんより家族のほうが後悔しやすいのかもしれませんね。

―― 様々なことに対して後悔しているご家族の方に、何かお伝えしたいことはありますか

 後悔する心のエネルギーを別の方向に向けるほうがいいと思います。決して、あなたのせいであなたの家族はがんになったのではありませんからね。がんは原因と結果がはっきりしているような、そんなに単純な病気ではないのです。

小さい目標を立てて達成する喜び

―― 告知を受けてから入院までの1週間、どのようなことをされたのですか。またその期間に気持ちはどのように変化していったのですか

岸本葉子さん

 とにかくその1週間は、現実的な対応に集中していました。仕事先への連絡や入院中のパジャマを買うとか、入院する前に絶対に美容院へ行くぞとか、そのようなことです。しかし、それらのことを何となくこなして毎日を過ごすのではなくて、ひとつのことをやるにしても自分で小さい目標を立てては、それを達成していこうということを意識して繰り返していました。

―― 美容院に行こうと思われたのはなぜですか。ふつうなら、どうせ入院するのだから、見かけにはあまり気を使わなくてもいいだろうと考えると思いますが

 その時でさえ、すでにパーマがとれかかっていて髪もだいぶ伸びていたので、1カ月もこのまま入院するとやつれるだろうなと思ったのです。ただでさえ入院してやつれるうえに、髪が伸び放題でよりやつれた印象になる自分を想像してみました。顔が多少やつれるのは仕方がないけれども、髪型でそれを少しでもカバーしたかったのです。誰に見せるという以前の問題で、自分が鏡を見て「ああ、私は病気になったのだ」という感じにできるだけしないように、美容院に行って身なりをきれいにしようと思っていました。

―― 診断を受けてから、治療や手術を受けて退院されるまでのあいだで、一番悩まれたことは何でしょうか

 そうですね。悩みというほどのものかわかりませんが、2つのことを感じました。1つ目は、入院中には何回も病理検査を受けて、その度に検査結果を待つ時間がありましたが、その時間をなるべく平常心で過ごすことが1つ目の課題になりました。

 もう1つは、病理検査の結果を聞いても、結局自分は助かったのかどうなのかがはっきりとわからないということが精神的に厳しいことだと感じました。「助かったのかどうか5年経ってみて、はじめてわかることなのですよ」と先生から伺い、「ああそうなのか。がんとはそのような病気なのか。治療をして終わりではないのだな。5年後に、私がそこで生存していたらとりあえず、この手術で治ったと、みなされるのだろうな」と、このときにはじめて実感しました。それまでに本で5年生存率の話等読んでいたのですが、実感としてはわいてきませんでしたからね。

―― 手術から5年ということで、岸本さんにとってはあと1年ぐらいですね

 そうですね。

―― あと1年で、手術で治っていたのだと実感が持てるようになると思われますか

 はじめにその話を聞いた時は5年後にはそう思えるようになるのかなと思いました。しかし、やはり5年経ったからと言ってそのように開放されるものではないだろうなと、今は思っています。

私は絶対にあきらめない

―― さきほど、告知から入院までのあいだで毎日目標を立てて生活されていたとお話いただきましたが、入院中にも何か目標をたてられていたのですか

 毎日とはいきませんでしたが、週ごとに目標といいますか、テーマのようなものを決めていました。もっと詳しく言いますと4週入院していたので、4つの目標がありました。1週間目は「適応」。2週間目は「手術を乗り越える」。3週間目は手術のダメージからの「回復」。そして、4週目は「社会復帰への準備」と位置付けていました。

 どこまで達成できたかどうかは明確ではありませんが、目標を立ててそれを目指すという自分との向き合い方が、達成できるかできないか以前のところで、とても役に立ちました。

―― 治療を開始する患者さんたちに対して、目標を立てて生活すること以外にも必要と思われる心構えのようなものがありましたらアドバイスいただけますか

 そうですね。その段階では、あまり先のことを一度に考えずに、目の前の目標に集中することが大事だと思います。たとえば私の場合ですと、手術の前にもしこの手術で治らなくて数年以内に再発してしまったらどうしようとかそこまで考えるよりも、まずは手術を乗りきるために絶対に風邪をひかないで体調を維持するなど、そのような目の前の目標に集中していました。

 また、前回にもお話しましたが、がんイコール死ではないということを改めて認識していただきたいと思います。がんであると告げられたけれども、患者であるあなたがこれから取りうる方法は、沢山あるのですよということを十分に知っていただきたいです。たとえ、ある程度がんが進行してしまっていたとしても、症状を緩和しながら普通の生活を続けるとか、取りえる方法はいろいろあります。がんイコールもう何もできない、では全くないということを知っていただきたいと思います。

―― 人それぞれだけれども、生きるためには方法がある。すばらしいと思える生き方が誰にでもあるということですか

 取り得る方法がたくさんあるということはもう少しテクニカルな医療技術についてという意味です。例えば、仮にがんを取る方法というのは、標準治療であればそれこそ手術で取れなくても、そこなら放射線で取れますとか、あるいは遠隔に散らばってしまっていて治癒はできないと言われたとしても、症状を緩和して普通に生きられますなど、そのような様々な治療の対応を選択できるという意味です。

―― 心の持ち方という対応ではなくて、治療法や緩和ケアなどの意味ですね

 がんというと、精神的な対応に話題がフォーカスされがちになりますが、テクニカルな医療技術のことをもっと患者も知る必要があると思います。治すための、生きるための治療が多くあります。私をふくめ、患者自身が自分の病気についてもっと知る努力をし、そして自分自身の人生を絶対にあきらめてはいけないということです。

―― 最後に患者さんのご家族に対して、告知の際のアドバイスをいただけますか

 やはり主治医の話をよく聞くことだと思います。そして、いま現在のがん治療・がん医療の現状を先入観を一度取り払って、新たに勉強し直す気持ちが大切なのではないでしょうか。患者の家族の中には、かつて父親や母親をがんで見送った人もいるでしょう。その方たちは痛みに苦しむ家族や悲惨な最期の印象が焼き付いているかもしれません。しかし、それはもう10年前、20年前、30年前の話であり、いま現在はその頃とは違うがん闘病の事実があるのだということをはっきりと認識すれば、告知をうけた時のショックも少しは和らぐと思います。

生きていること自体が好き

―― 岸本さんは「生きることそのものが大好きなのだ」というふうに著書や多くの記事でおっしゃられています。その心境に至った経緯をもう少し詳しく教えていただけますか

岸本葉子さん

  なぜ私が5年生存率を超えて生きたいのかなと考えた時に、死にたくないから生きたいという死に対する拒否感以上に、生きることそのものに、とても肯定的な気持ちがありました。 私はこれまで生きてきた中で全ての幸せを経験したわけではありません。例えば、入院中にはお産の人や小さい子ども連れの人にも沢山会いましたが、私には子供はおりませんのでの私の人生にはなかった幸せのひとつだと思います。しかし5年生存率に自分が関わっている今であっても、では生きて子どもを持とうとか、そのような現実的でない話を考えるわけではありません。

 あのことをし残したからまだ生きたいとか、これをしていないから生きてこれをしようと考えるわけではないのです。それ以前にやはり生きて、自分がものを感じたり考えたりしていくことそのものが、すごく好きなのです。今まで、そこまでシンプルに生きることを好きかどうか考えたことがありませんでした。でも、たとえ子どもを持つ喜びやそのほかのまだ経験したことのない多くの喜びを知らずに終わっても、生きていること自体が、それ自体がとても好きなのだと感じたのです。

――「生きていること」そのものが好き。なかなか思えないことですけど、そう思えること自体がすばらしいことですよね

 そうですね。私もそのように思います。

そして、今回のインタビューは、岸本さんのこのような言葉で締めくくられました。

 「がんと聞いて人生の終わりだと考えるのではなくて、これから始まるという気持ちを持っていただきたいと思います。これから治療法の選択とか、いろいろなことを自らが知って選んで決断することが、その瞬間に始まったのです。がんと告げられてそこで人生が終わりと考えることは180度違うことを考えているのだ、ということを強く言いたいです。」

最後の岸本さんのお言葉は、ご自身の体験から得たことを一人でも多くの患者さんやご家族の励みにしていただきたいという、そのような意志が言葉として強く現れた印象的な一言でした。

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