がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

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私からのメッセージ

岸本葉子さん
「私らしさをもとめて」

今まで通りの自分で

 最終回は、全5回にわたって連載してきました岸本さんへのインタビューのしめくくりとして、岸本さんから患者さん、ご家族の方へのメッセージをお送りします。

――著書の中で、がんによって、新しく大きなものとして「生への意志」が生まれたというふうに書かれていましたが、その「生への意志」に対して、現在のお気持ちそして告知から現在に至るまでの心境の変化についてお教え下さい。

 がんであるか否かとは関係なく、やはり「生きたい」というのは本能であり、どんなに否定しようとしても否定しようのない強いものだと思います。私はたまたま告知を受け、死を考えさせる病に直面したことで、その「生きたい」という本能をかつてないほど強く感じたのです。

 私は常々、治ることだけを目的として生きてはいけない、と言ってきました。なぜなら、もし治らなければ生きる目的を初めから構築し直さなくてはならなくなるからです。しかし、可能なら完全に治って生きたいという気持ちをもつことは否定しようがないなと感じています。でも同時に、病気の有無に関わらず、必ずしも長く生きるとは限らない不確実な現在の世の中では、より良く生きたいというような気持ちが生きることに関して強く伴っています。

 『よりよく生きたい』とか、『意味ある生』を生きたいという意志は強いけれども、実際にその意志が実現されたかどうかというのは、結局は私の今後の生き方にかかっているのだろうと思います。つまり、がんが私に何をもたらしたかという話になってくるのでしょうが。

――では、岸本さんが、がんによってもたらされるものとして一番恐れるのはどのようなことですか

 例えば、私はこの先長く生きるとして、たまたま40歳という他の人よりやや早い時期に病気になりました。それによって人より少し何かものがわかったような気になったり、人より少し深く人生を知ったような気になって、謙虚さを失って人の話をあまりよく聞かなかったり、ものごとに対してまっさらな心を開かないということになってしまったら、私は何も得なかったどころか、むしろ全く成長していないマイナスの意味になってしまうだろうと思います。

――そうならないために、岸本さんご自身はどうありたいとお考えですか

 逆にがんになったけれども今までどおりの自分で、心をのびのびさせて、感受性やものを考えるということを自由に発動させ、がんとは関係のないその時々で人生が私に差し出す問いに全力で答えていく努力をしていけば、この40歳のがんになった時点より成長していけて、ああ良かったなと思えるのではないでしょうか。

勉強しなさい!

――がんに向き合って前向きに生きていくということに対して、アドバイスなどお願いします

岸本葉子さん

 私が接するがん患者は、みなさん当事者意識が強くて前向きです。そのことは、私が以前にお話した告知そのものはショックだけれども、誰でも立ち直る力があるということを示していると思います。ですので、私からこうすれば立ち直れますというよりも、みんなそういう力を元々持っていて、それを患者は信じ、家族の人も信じてあげて欲しいなと思いました。

 あと、やはりみんな医師からがんのことをきちんと聞いて、それが厳しくてもこの病気に立ち向かっていくのは自分なのだという当事者意識を高めていることを感じます。今でもどこまで知らせるのかという問題もありますが、人によっては余命まで知らされていても、むしろそれを超えていることに誇りを感じている場合もあったりすると、もう告知の是非ということは時代遅れの話題であって、みんな知らされることでこんなにも強くなり成長しているのだなという感じを得ました。

 子宮がんの人で、医師に「自分も全力を尽くすけど、あなたも勉強しなさい」と言われて、やる気が出たと言っていた人がいます。そのような声を聞くと、本当に患者側も勉強していくことが大事だなと思いました。

――他にもアドバイスがありましたらお願いします

 さっき医師に「勉強しなさい」と言われたというのが、子宮がんの人なのですが、やる気がでたポイントは勉強に対してではなく、おそらく、医師が普通に接してくれたことが一番うれしかったのではないでしょうか。

 普通にと言っても難しいのでしょうけれども、例えばがんの人の前でおかしい話をして笑っちゃいけないとかそういう気遣いなしに話してくれていても、こちらががんの話をした時に、急に引いたり話をそらしたりしないで、それまでの仕事の話とかと同じように、その話題にもなるべく自然体で耳を傾けて欲しいなという希望はあります。

 あと一人ひとり状況は違いますが、例えば、似たような状況の友だちが定期的に電話をくれてうれしかったとか、病気は違うけれども事故で苦しい時代を経験した人が、言葉をかけてくれたのがうれしかったというのが、けっこう散見されて、なんかそういう、何て言うのかな、そういうサポートってあるのだなって。

 ついサポートとは、何かをすることと思いがちだけれども、私はあなたに関心を持っていますっていうことだけでもサポートだし、あと、何もしないってことでもサポートになるのですよね。

 かえって何かをしなくてはというのが重荷に感じたりもするので、関心を持っているということを示すだけで嬉しいものです。自分は何もしないけれども、必要と言ってくれればいつでも稼働しますよ、というような体勢を示すことっていうほうが、実はすごく大事だったりするのではないかと思いました。

――岸本さんにとって、がんと向き合いながら自分らしく生きるということはどういうことなのでしょうか

 自分らしさと言っても、これですって明確に言えるものは多分ないのだと思うのですが、その時々の自分のありったけの力、全力で取り組むことが自分らしさなのではないでしょうか。

 入院する時も再発の不安と向き合う時も、とにかく何が自分にとっての課題なのかを見つけて、これまで生きてきた期間の精神生活とか人間関係の持ち方とか、全てをありのまま、あるだけの力で、一つひとつ向き合っていくことで、その中で一貫したものが流れているのではないかな、それが自分らしさなのではないかなと思っています。

――岸本さん自身が一番励まされたことは何ですか

 入院中は、「これからは、がんは慢性疾患としてとらえるべき」という言葉に、非常に励まされました。すぐに死ぬわけではなく、がんを抱えながら症状を緩和したりしながら、ある程度生きていけるのだということに非常に希望を感じました。

 あと、自分が集中しているひとつの目標が達成されてしまうことへの恐れみたいなのを口にした時に、「そういう人にはその1つの目標が終わっても、必ず次また次とこれをしなければ死ぬに死ねないという目標が必ず出てくるから大丈夫」という言葉にも励まされました。それを言った方は亡くなってしまいましたが、その言葉は今も生きています。

不安を乗り越えて社会へ

――退院後、人と接することはもちろん社会へのかかわり方に不安を抱く人も多いようです。がんについてどう思われるのかと他人の眼をきにしたり、これから仕事が減ったりするのではないかと思ったり。岸本さんもそのような不安はお持ちでしたか

 そうですね、特に私は会社勤めではないので、またイメージが大事な仕事でもあるので、がんを公表することへの迷いはすごくありました。実際、これからもうすぐがんに関する本を出しますっていうふうに言うと、別の理由で、仕事が減ったりして、あるときは年収が半分になったんですね。

 で、とてもそれは将来不安。このがんの話では機会があるけども、それ以外の仕事がなくなるのではないかとすごく不安でした。

 でも、とにかくがんを抱えても普段どおりに前と変わらない自分っていうのを、執筆なりほかの機会でも見せ続けることで、逆にがんのイメージが変わっていき、仕事も元どおりになってくれればいいなっていう、祈るような気持ちでそうしてきました。

――社会復帰のために、不安を乗り越えるために、患者さんへアドバイスをお願いします

 これは一緒によくテレビでご一緒する、静岡県立静岡がんセンターで、よろず相談を受けている看護師さんがおっしゃっていたのですが、職場でがんであるということを言う、言わないは、いろんな状況があるだろうから、それぞれの判断だけども、やっぱり誰か1人直接の上司でもいいし。信頼できる人には、状況をわかっている人が、誰か1人いたほうがいいとは聞きました。あと、実際に通院とかになると、ある程度病気であるということを話しておかないと、かなり難しいかなと思います。

 私は、そうだな、例えば、いまでもそれは若干そうなんですけれども、やっぱり社会生活ってこう、先々に、例えばこういうものを9月からつくろうでもいいんですけれども、先々に1つ何か目標を設定して、みんなで力を合わせてっていう方向性で動いているので、どうしても将来の話をしなければいけないけれども、どうしても患者としては、将来って、あとどれぐらい自分にあるのかなっていうのが分からないですよね。

 そこで、どこかにこう、病気を言わなければ周囲を欺いているような罪悪感もあったし、あと、なんか自分のそのときに、みんなとは将来の話をしているけど、ほんとうは将来があるかどうかわからないっていう、なんか虚無感とか、周囲と壁ができてしまって、そういう隔絶感みたいなのがあったんですね。

 がんをおおやけにすると、ある意味で失う仕事はあったけれども、周囲を欺いている罪悪感とか、嘘をついている感じっていうのは、ずいぶん軽減された気がします。

がんから広がる輪

――では、逆に今、治療が一段階終わられて、がんになったことで、得と言ってはいけないかもしれないのですが、何か恩恵というか、そのようなものがあるのでしょうか。

 そうですね。仕事っていう狭い範囲で見れば、どうなんだろう、もちろんこうした機会をちょうだいできるのはがんを体験したからで、失った仕事もあるし、得た仕事もあるし、変わらない仕事っていうのもあります。

 あと、ちょっと仕事からもう少し広く、社会まで広めると、例えば関原健夫さんみたいな、がんっていう共通点がなければ、絶対に接点がなかった人もいます。

――がんでなかったら知り合わなかったということですよね

 違う業種、しかも立場もすごく上の人とでも、業種間、異業種とか上下の隔たりなしに交流ができたな、と思います。

――今お感じになっている社会とのかかわり等で、一番大事かなと思うことは何ですか

 (社会とのかかわりとは)逆に今、社会との乖離が生じているのは、たぶん、傍の人から見れば私にとってがんは、かつて経験した過去のことだと思っている人が殆どだからだと思うんです。何年か前に手術したとか、したけれども、今現在、普通に働いている様子じゃないかと。ああ、じゃあ、もう過去のことだみたいな。

 でも、私の実感としては、今現在もがんを体験中だなっていう。むしろ、先ほどの退院後の不安っていう話とも重なるんですけれども、最初の治療とか、治療によるダメージからの回復とか、具体的で短期的な目標は取り払われてしまった今こそ、生体のコントロールを超えて無秩序に増殖するっていうがんの本質と、むき出しで向き合っているっていう実感は、今のほうが、治療していない今のほうが強いんですね。そういう意味で、私は、今現在もがんと向き合っていて、今もまさに体験中であるっていう、そこが違うところなのです。

――では、以前よりも今のほうが、もしかして大変かもしれないということですか

 そうですね。同じがんでも局面が違う気がします。これががんの本質なのかなって思うのですが、むしろ退院後のほうが、がんという病気の本来的な性質に向き合っている感じがします。

――以前読んだ本で主婦の方が、例えば乳がんだと、切ってしまったら、旦那さんからも治ったと思われて、それがけっこう負担になるとおっしゃっておられたのですが・・・

 治ったかどうかわからないっていう状態が、ずっと続くことへの不安ということですね。先ほどのご質問にも少しあったのですが、退院したばかりのときは、5年が過ぎたら解放されるのかなと思ったのですけども、たしかに再発不安、恐怖というのは、1年目よりは和らいでいるかもしれないんですけども。逆に、この歳でがんになったから、また次はどこのがんになるのかみたいなことも、不安も出てきて。

 前は、5年以上過ぎている人は、再発不安は一生消えませんという意味がよくわからなかったんですね。でも、今は、ああ、こういうことなのかなっていう。年々不安が高まるということこそ言えないけれども、やはりがんになったからには、何らかのなりやすさが自分のなかにはあるのかなっていう、そういう不安はあって。ああ、やっぱり一生、そういう意味では付き合っていくのかなっていう。リスクがなくなることを目標、リスクがなくなる5年後を目標にして生きるのではなくて、リスクを抱えながら一生をいかに生きることを目標にするというふうに転換しないといけないのかなと思いました。

――ずっと不安を抱えながら生きていくことになるのですか

 たぶん、でも長く生きれば、それがいろんなほかの人の老いる不安とか、糖尿病の不安とか、アルツハイマーとかいろんな不安があるでしょうから、そういう意味で、慢性疾患の一つとして慣らされていくのかもしれないんですけども。やっぱりそこは、まだ人生の半ばでがんになった、年齢的な一つの特徴かもしれない。

 さすがにあまり70代、80代の人と話すと、次のがんにまたなるかもしれないという恐怖は、あんまり話題にのぼらなくて、いかにこれを長持ちさせて、安らかに死ぬかというような話になる。

――健康であるとなかなか生きているっていう実感がなくて、忘れがちだと思うんですけど、例えば本当に不安を抱えながら生きていくという場合に、一番大切なことはしっかりと生きるということを考えなければいけないということですか

 不安があることに慣れていくこと。不安はあるものだとして、でも、いかに心をのびのびと、心の柔軟性を失わずに、萎縮せずに、不安がありながらの生を生きていくかっていうことが、私の課題になっていくのかなっていう気がします。

 がんをもう過去のこととして忘れるのでなく、まだ再発するかもしれない、またがんになるかもしれないと思いながらも、おびえ、恐れていくのではない生き方をしたいなと思っています。

――そうですよね。でも、ほかの方も、それは言えることですよね。

 そうですね。年齢もあるかもしれないし、私もたぶんわりと不安が強い性格なんだろうと思って。わりと先のことを考えて、「ああ、またあるかしら」みたいな。やっぱり一生、がんは、向き合いながら生きていくことには変わりがないと、いわれるところでしょうけどね

がんと上手に付き合う

―もう一度前のところに戻って申し分ないのですが。がんを乗り越えてというところで、希望が自然に降りてきたということだったのですけど、初発のがんのときは、取り得る選択肢は多くあるということで医療技術的にも希望が見出せると思うのですが、一応一通りの治療が終わった方はすごく不安だと思うのですね。その場合に、希望を持ったり前向きに考えるためにどういうことをしたらいいのでしょうか

岸本葉子さん

 私はそのあたりのことは未経験の部分なのですが、知り合いの例を挙げます。例えば、漢方クリニックで一緒になっている人は、西洋医学でできる治療はもうないのですが、かなり大きい転移層があるのですね。だけど漢方クリニックに来て、身体の状態を整える薬をもらい、そして薬がよく働くようにするための食事を自分で工夫していることで、すごく張り合いがある生活を送っているのですって。その人は、私はもしここのクリニックに来ていなかったら、どこの病院、どこのホスピスで逝こうかなという、死ぬことばっかり考えていたと思うって言っていました。

 また、別の人なのですが、やっぱり治癒ということはもうないけれども、薬でずっと維持できていて、その副作用がきつくてもこれが維持できているあいだは、普通に会社員生活をして、この経験を生かすために何か人の役に立てないかと思って「いのちの電話」になる勉強、講習みたいなのに行っているのですって。もう治るということはないけれども、なるべくそういう維持する対応をしながら、自分なりの生き甲斐を見つけていっているようです。

 また、やはり治らないけれども、緩和ケア科に通いながら症状を和らげて、どこまで家族と家で普通の生活を過ごせるかなという、それを張り合いにしている人もいます。

――がんは個人によって違うので、絶対の治療はないと言われていますが、そのがんとの向き合い方について、忘れてはいけないことは何ですか

  がんの個別性と真正面から向き合うこと、一人ひとり違うのだということを念頭に置くことは大切です。でも同時に、やっぱり共通項はあって、がんということで最初に受けた衝撃、わが身の危機とその後も抱えている不安というのは、みんな共通なのです。

 だから、Aさんのした治療が自分に効かないかもしれないとか、逆に言えば同じがんだったAさんがもう亡くなったけども、私も明日死ぬわけではないといった、そのようないろんな意味での個別性をふまえながらも、その個別性には一人ひとり向き合わなくてはいけないけれども、同じ課題と向き合っている人がいっぱいいるんだということですね。

――最後に患者さん、ご家族に対して、元気よく希望を持って生きるということに対して、メッセージをお願いします

 がんは、いまや2人に1人がなる病なので、特別な病気ではありません。私たちは何かの被害者でもないし、自分に対する加害者でもありません。何か悪いことをした報いでがんになったわけでもなければ、何か間違った生活習慣でがんになったわけでもない。もちろん、生活習慣で思い当たる人もいるかもしれないけれども、とにかく2人に1人がなる病になるのに、特別私だけが悪かったっていう理由はないのだと信じてください。そしてもう一つ、最後までがんに対して、自分の人生に対して取り得る方法はあるのだと信じて、あきらめずにそれを見つけていくことだと思います。

――岸本さん、ありがとうございました。

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