がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

アストラゼネカ

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

杉山 徹さん
「私のがんは神様が与えた人生の仕切り。
ならばその体験を一生懸命伝えるのが私の使命。」

父のあとを継ぐ形で産婦人科医に

――お生まれは熊本市だそうですが、医師そして婦人科がんの専門医になったのはどんなきっかけからだったのですか。

杉山徹さん

父は熊本大学助教授を経て、北九州市で産婦人科の開業医となったのですが、年中忙しそうで一家団欒はあまりないし、外出もままならない様子で、子どもながらに「医者って大変だな」という目で見ていました。ですから子供の頃はあまり医師になりたいとは思わなかった。中〜高校生の頃は将来、美術系の方に進みたいと思っていました。ところが大学受験前に、父が突然がんで亡くなり…。

父の遺志を継いだわけではないのですが、そのときの母の気持ちとか、周りの空気を自分なりに感じたのでしょうね。「じゃあ、俺が親父のあとをついで産婦人科医になる」という感じで、久留米大学の医学部に入学しました。大阪で万博のあった頃です。

そこで医学部卒業後、入局した医局の教授が婦人科がんの権威だったんです。当時の医局は40〜50人の大所帯で大層熱気がありました。教授から私に与えられた研究テーマが卵巣がん。ラットに卵巣がんをつくって発がん課程の研究やいろんな治療を試して様子をみる。この研究に没頭しつつ臨床にも一生懸命に取り組みました。忙しくて大変でしたが、今と違って同時に研究にも臨床にも取り組めたので面白かったですよ。夢中でした。それが現在に至って、婦人科がんの専門医になったという次第です。

いつわりのないがん医療の大切さ

――1970年〜1990年当時のがん医療は、今とどういう点が違っていましたか。

当時は「告知」がきちんとなされることはあまりありませんでした。患者さんのご家族からも「言わないでくれ」と頼まれる。患者さんはがんであることを知らずに治療に臨んでいることが多かった。これが医師としてはつらかったですね。そんなケースでは治療をするにしても患者さんにごまかしながらやっていかなければなりませんでした。医師にも、そして自分はがんではないかと疑心暗鬼になっている患者さんにも、大きなストレスになっていたと思います。

時代が変わって1990年代の中ごろから「告知」をするようになった。治療法の選択肢が増えてきたこともあって、ご自身の病状を知ってもらう必要が生じ、インフォームドコンセントもあたりまえのように行われるようになりました。

がん医療の転換期、狭間期を見てきたわけですが、両方を経験して、医師としていかにいつわりのない医療が大切か、身をもって知りました。がんにかかったことを告げられていない患者さんは、病気と向きあうことができない、前向きに闘病してほしいと願ってもその意欲がなかなかわいてこないこともあるんですね。がんという疾患にかかるのは誰だってショックですが、いつわって気持ちをはぐらかすことが、治療や闘病によい影響を与えるとは思えません。これは「告知」だけのことではないはずです。医療はいつわりのないことが望まれますが、まだ課題は多いですね。

患者さんが希望をもって病気と向きあえるように

――患者さんには包み隠さず何でも伝えるのがよいのでしょうか。また患者さんはそれを知るために要求すべきでしょうか。

杉山さん

医師がインフォームドコンセントを事務的にやってはだめですね。必要なことは伝えました、あとはそっちで考えて治療法を選んでください、とすべてを患者さんに預けてしまっては、患者さんは困ってしまいます。私が「告知」をする時には、精密検査後の最初の診療時に、患者さんの表情や様子を見ながら、するかしないかタイミングをはかります。たいていはそのときに伝えるのですが、受け止めることが難しそうだったら次の診療で言うこともあります。ショックで頭の中が真っ白になっているときに、病期だとか病状だとかを言っても何も残るはずがないですから。

楽観できない病状を伝えるときもそうです。言いっぱなしではいけない。大学病院には、他の病院で診断された厳しい病状の患者さんが多く紹介されてきます。「最近はこんな治療法もあるんだよ」「こんないい薬も出てきたよ」と、日々進歩している治療のことを伝えたりして、患者さんに希望をもってもらえるようにしています。「私達も全力で支えるから、あなたも一緒に全力で戦おう」という気持ちをわかってもらうところから治療はスタートすると思うのです。 「先生ありがとう。話してもらって気持ちが楽になった」と、曇りがちだった患者さんの顔も少しほっとした顔になります。

でも現状では、なかなか一人の患者さんの悩みや不安を全部受け止めるために何時間も割くことはできていないです。後ろで待っている患者さんがたくさんいてつかえてしまいます。しかし、人間として患者さんと真摯に向きあうには一定の時間は必要ですから何としてでも作るようにはしています。

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「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

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