がんになっても -がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで。-

アストラゼネカ

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乳がん・前立腺がん・肺がんを中心に患者さん・ご家族の体験談、高額療養費制度などの情報を紹介

私からのメッセージ

若尾 直子さん
「がんとともに歩む、生きる、生活していく」
その気持ちを大切に。

ズキズキと痛む胸を抱えて眠れぬ夜を過ごす

私が乳がんと診断されたのは、2001年のことでした。事の起こりは、初夏のこと。左側を下にして眠るのが常の私は、ある時期から就寝時に左腕の内側(左胸)にズキズキする痛みを感じていました。それは新しく血管ができているかのようなドクドクとした感覚で、恐ろしさで眠れないほどでした。これはおかしい。原因は何か確かめないといけないと感じました。しかし、乳がんは痛みを伴わないといわれていたので、深刻には考えていませんでした。

ちょうどその頃、山梨県甲府市からの地域健診のお知らせが目に止まり、乳がん検診を受けることにしたのです。恥ずかしながら私は医療関係者でありながら、それまで乳がん検診は受けたことがありませんでした。この自責の念は、後に体験者として、患者会を運営する後押しとなります。

自分に限って…という思い込み

乳がん検診に行った結果、すぐに精密検査をすすめられ、乳腺外科を予約し受診しました。

検査結果が告げられる日、予約したにもかかわらず、待合室で一人二人と自分より後から来た患者さんが先に診察室に呼ばれていきました。長い時間、待合室で待っているうちに、ふと気づいたのです。私が後回しにされているのには理由があるからだと。つまり、それだけ時間をかけて私に説明しなくてはならないことがあるのだと。

診察室に呼ばれると、医師からは単刀直入に乳がんであると告げられました。普段冷静な私でも、やはりこのときばかりは、まさに青天のへきれきでした。体が丈夫な自分が、まさか乳がんだなんて、という思いが交錯しました。しかしおかしなことに、医師に対して理性的な対応をしようとする自分がいました。動揺を悟られたくなかったのでしょう。

診断された後、医師から治療や今後の方針などの説明を受けた私は、その場で手術の日取りや治療方針などを決めました。手術は乳房全摘出手術を選択したのですが乳房を失った自分を見たくないため、同時再建を希望しました。

一分でも早くがんを取りたい!がん細胞を一秒でも体の中に置いておくわけにはいかない。

そのような気持ちが、私自身を潔い判断に突き動かしたのでしょう。家族に相談する患者さんが多いでしょうが、私は、自分の病気のことなのですべて自分で決めました。

皆さまの体験が誰かの生きる力になります

「自分らしくがんと向き合う皆さんの姿、想い」
「患者さんからご家族への想い」「ご家族から患者さんへの想い」

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