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がん患者さんとそのご家族が、患者さんご自身にあったがん治療にたどり着いていただくための情報を紹介しています

皆さんからの体験談

悩みや不安を抱えたときにどのようにがんと向きあえばよいのか。
自分らしくがんと向きあう患者さんやご家族の体験談・メッセージなどをご紹介します。

卵巣がん

患者

卵巣がん 40歳 女性 看護師

私ががんになったのは35歳、4人目の息子が生まれて8カ月の時でした。卵巣がんの可能性でした。不安と絶望といろいろな感情が襲ってきました。4人の子供を置いていけないという強い気持ちと想像できる結末と…。手術日までには腹水でお腹が大きくなり横に寝ることができず、息ができなくなるほどでした。手術まで子供のためにできることを無我夢中でやり続けました。オロオロする夫に私はお願いを一つだけしました。私が病気に立ち向かえない弱気な時は、絶対に大丈夫だよ。の一言だけをいい続けて欲しい!と。手術から1カ月後に抗がん剤が始まり、副作用から来る脱毛、手足のしびれ痛み抗がん剤の回数は回数が増えると副作用も強くなっていきました。髪の毛が抜けていく姿に子供たちが涙することもありましたが、薬が効いてるんだよーなんて、気を使う言葉をかけてくれる子もいました。ウィッグを何個も買って子供たちと遊んだり体調の良い時は友達と飲みに出かけたり、いろんな自分に生まれ変わったような気分になりました。副作用の強い薬が終わって維持療法に入った頃に、仕事に復帰することを決めました。少しでも子供に働く姿を見せたかった。せっかく看護師としてこの経験ができたのなら、患者さんにかけられる言葉が増えるのではないかと思ったからです。母親として看護師としてがんを経験した者としてまだ治療中だけれどこんなに元気な生活を送る方法がある!と伝えたいです。4年がたった年度末に毎月とっていた、腫瘍マーカーが上がり、再発でした。もうすぐ5年だねなんて主治医と話していて…やはり病気が強かったか…手術結果も卵巣がんではなく原発不明がん、子宮内膜症が子宮の裏にがんができたのではないかという希少がんでした。腹膜や肝臓リンパ転移など広範囲でした。手術で取り、後は抗がん剤でと、その通りになってきたけれど…やっぱり全身にがんはとんでいたのです。娘2人の卒業入学をお祝いし、息子の5歳の七五三の写真だけを慌てて撮り、翌日からすぐに抗がん剤をはじめました。初回から副作用が強く動けないこともありますが、今は4年前より大きくなった子供たちはそれぞれ考え、家のことも学校のこともできるだけ自分たちでしてくれています。今は仕事に復帰しています。維持療法の抗がん剤を3週間おきにしていますが、夜勤明けで点滴をしてから帰るという生活をしています。時間の無駄がなくとても気に入っています。今は筋肉やリンパ節に転移しているため手術ができません。がんになる事は悲しいけれど、なって分かる事や経験できることも絶対無駄にはならない。病気だからって絶対にあきらめないでください。たくさんのことができる。病気をしなかったときの自分よりも、すごく強くなれたと思います。告知されて2週間は泣いたり、奮い立たせたり、お風呂の中で大声を出したり、自分の感情の抑えるのが大変でした。でも、打ち勝ってやる!その気持ちをずっと持ち続けています。凹んだりつらかったり自分の見た目に悲しんだりする事はあるけれど、家族とこれからも闘います。

勇気づけられた言葉、場面

職場の同僚や後輩、たくさんの人が心配してくれて、私より先に大泣きしたり崩れ落ちたりする人もたくさんいました。その後輩からの一言、「姉さんは死なないよ。姉さんのところにできたがん、間違えちゃったんだね。そのがんもきっと後悔してるよ。」
娘からママのスキンヘッドはかっこいいといってくれたり、体調の良い時は毎日歩いて登下校を見に行くと、「お前のお母さんなんで頭やばくね?」と、からかってくる友達に対して娘が「うちのママは好きであの髪型やってるんだよ。だからいいんだよ。」と、なぜ病気といってくれないんだろうと逆に笑ってしまった言葉でした。

投稿時 :
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