乳がんの体験談

悩みや不安を抱えたときにどのようにがんと向きあえばよいのか。
自分らしくがんと向きあう患者さんやご家族の体験談・メッセージなどをご紹介します。

みなさまの
体験談
患者
  • がんの治療を継続中

乳がん 35歳 女性 

20代半ばから、胸にしこりがあることには気づいていました。そのため年に1度は地元ではがん治療に定評のある病院で細胞診をしていました。そしていつも結果は「良性」。しかし平成16年10月頃、しこりの数が多くなっていることに気づき、また、痛みもでてきたため検査をしたところ、「良性だと思うが悪性でないとも言い切れないので来週しこりをとる簡単な手術をしましょう」とのことでした。2日ほど休みをとる必要があったため職場の上司に報告したところ、「自分の同級生に乳がん治療で有名な医師がいるから一度診てもらったほうがいい」との強い勧めをうけ、紹介状もなしでその先生のところを訪ねました。

マンモグラフィやエコー検査、触診の段階で、「90%悪性腫瘍です」との告知を受けましたが、そのときは「まさか、そんなはずはない」と軽く考えていました。毎年検査をしていたのに、急に悪性になるなんてあるわけないと。しかし、その場でエコー下で細胞診をして検査したところ、結果は悪性。すぐに手術を勧められました。

私の場合、良性腫瘍の奥にがんがあったためにそれまで見つからなかったこと、不妊治療を受けていたのががんに悪影響を与えたこと、がんの数が多すぎて温存手術はできないこと、術後の治療方針はがんをとって調べてみないとわからないが、おそらく子供を授かるのは難しいだろうということ等を医師から告げられ、診察室で号泣してしまいました。

10日後の平成16年12月13日に手術日を決めて自宅に帰り、涙をこらえながら両親に電話で手術のことを伝えましたが、このときが一番つらかったです。仕事には手術の2日前まで行き、同僚に事務の引継ぎをしたりしてあわただしくすごしました。かえって考える間もなくてよかったように思います。手術の前の日から入院し、当日は朝9時半からの手術でしたが、主人や両親をはじめ、姉や主人の両親までが遠くからかけつけてくれ、笑顔で手術室へ向かいました。

手術後、麻酔がきれて気がつくと、酸素マスクや点滴の管、足にはエアーキュットのようなものがついていて、身動きできず苦しい一夜を過ごしました。数日後にはリハビリも始まり、1ヶ月の入院期間はあっという間に過ぎていきました。

ところが退院後が本当の戦いの始まりだったのです。主人が出勤しアパートの部屋に一人きりになったとき、突然恐怖や不安がおそってきて、私はパニックに陥り、泣きじゃくりながらやっと実家へ電話をかけて、迎えに来てもらいました。

今でもそのときのこわさは覚えています。まるで世の中に自分ひとりしかいないような感覚。その後しばらく実家で静養しましたが、抑うつ状態になった私は安定剤が手放せなくなりました。今でも安定剤と睡眠薬がないと眠れません。また、治療法への考え方の違いから主人とも溝ができてしまい(私は副作用のことを考えホルモン療法を望んだのですが、主人は期間が短く、料金的にも安く済むと考えられる強い抗がん剤での治療を望んでいました)、結局手術から約半年後に離婚いたしました。そんなこともあり抑うつ状態からなかなか抜け出せず、仕事に復帰したのは手術の翌年8月になりました。

今では3ヶ月に一度のホルモン注射と一日一回の服薬のみの治療で、元気に仕事に通っています。

今の夢は、カウンセラーの資格をとって、がん患者さんとそのご家族の精神的な支援をすることです。

勇気づけられた言葉、場面

友人がお見舞いに来てくれたときに、「もともと胸が小さいから、どっちをとっちゃったのかわかんないよ」と言ってくれたこと。

へんに気を使うこともなくあっけらかんと言ってくれたので、つい笑ってしまいました

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